第65話 陽茉ちゃんの思い。

「むっ!」


 玄関先で陽茉ひまちゃんは仁王立ち。手にはホウキ、そしてオレは陽茉ちゃんの背中に隠された。


「むむっ!」


 オレだからわかる。陽茉ちゃんは激しく威嚇いかくしている。そう見たことないくらい激しくだ。


 残念ながらその迫力は姉弟間でしか共有出来ていない。


「あのぉ…」


 詩音は困り顔。それもそうである。陽茉ちゃんは精一杯威嚇しているものの、さっぱり迫力もなくなにより『なんで』威嚇してるかだ。


 しかも陽茉ちゃんには珍しく素早い動きでオレを自分の背に。これはかくまったのかなぁ。まるで状況が見えない。しかもサンダルだし。


 こんな厳しい表情の陽茉ちゃんはゴキブリと対峙たいじする時くらいのもんである。


 流石に困り果てた詩音はぽりぽりしながら口を開く。


「あの、柚原ゆずはら詩音しおんです。怒ってますよね、そのわかります。その、ごめんなさい」


 柚原詩音は深々と頭を下げてなかなか顔を上げようとしなかった。


 そうか、この為に陽茉ちゃんを紹介してほしかったんだ。


 なんだよ、ホントにいいヤツじゃないかよ。


 場所はオレの部屋。


 3人とも向かい合っての正座。詩音は三指をついて頭をあげない。時折しゃくりあげて泣いている。


陽茉ちゃんは怒っていた。こんなに怒る陽茉ちゃんは見たことない。


 怒りの矛先はオレだ。


「なんで、教えてくれないの」


 陽茉ちゃんにしては長文だ。意味するのは怒りの大きさ。なんでこんな大切なことを私にだけ教えてくれなかったのか。


 それと、私のこと信用してないのね。そんな感情が混じっている。まったくの誤解なんだけど、今までずっとそうして来たんだ、オレは。


 今回のことだって陽茉ちゃんも同じ学校なんだから知ってるはずだった。詩音にこてんぱんに捨てられたことを。


 それを陽茉ちゃんは心配してくれて、何も知らないから詩音に腹を立てていて。


 オレが悪いんだ。ふたりの仲を取り持てるのはオレしかいないのに、その事に気づかなかった。


 言い訳はある。佐々木のこと、バイトが忙しくなったこと。詩音との雪解け。それとテスト。


 だけども、何をおいても陽茉ちゃんには言うべきだったし、今まではそうして来たんだ。


 じゃあなんで今回いわなかったのか。


 それはあまりに傷が深かった。詩音に捨てられたこと、ファミレスで詩音の仲間に頭からジュースをかけられたこと、信じきっていた佐々木咲乃の本性。


 どれもが小出しに出来るほど小さな問題じゃなかったんた。ひとはどうかわからないけど、オレは苦しい過ぎると口が開けなくなる。


 だからって、言えないからって放置しても、いいという言い訳にはならない。


「ごめんなさい」













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