第29話 テンプレ対応。

 ――とはいうものの店の評判も気になるのでトイレ掃除は程々にした。


 トイレを出ると10人くらいが列を作っていた。幸い『別のお客』はいなかった。


 さぁ、て。どうしたものかなぁ。ちょっと飽きてきたし、店長は気にするなと言ってくれるけど。


 気にしてほしいよな、お客さん。


 オレは軽く首を回して肩を上下に動かし少しストレッチをした。


「いくの?」

冬坂とうさか言ってわかる相手じゃないぞ?」


「まぁ、そうなんだけどね」


 オレは女子ふたりに見送られながら災いの中心に足を運ぶ。女子ふたりに心配されるのは悪くない。


 使い古された方法、足を通路に突き出してオレの通行を邪魔をしょうとするが、気にしない。


 どうしょうもなく邪魔なら蹴り上げてもいい。つまずいたことにしょう、それがいい。


 ようやくたどり着いた中心付近。どんな取り巻きなんだ、注意したくなるほどのテンプレ世紀末。


 モヒカンがいないだけだ。あとさすがに服にトゲトゲはない。ノリが世紀末なだけ。


「柚原何がしたい?」

「仲よくですわ」


 下卑た笑いが溢れ出す。詩音しおんの見下す視線。これで仲良くなれるなら奇跡だ。


 その時、あざける視線に混じりまったく違う視線を感じた。


 視線の方を見ると佐々木咲乃と目があった。『あっ、佐々木咲乃が』心配してくれている。目が合った瞬間少しドキドキした。


「――こんなことしてか」


 届くはずもない言葉を口にするのは無駄だと知りながら口に出した。


 ひとりの男がオレの背後から近寄り、へらへらと笑いながら、


「こんなことしてかって、こんなことか?」

 手に持ったコップの液体をオレの頭からかけた。周りから起こる失笑の嵐。


 大丈夫ありがちなテンプレだ。


 痛みはなくはない。痛くないわけない。オレにも痛覚はあるし、されて嫌なことなんていくらでもある。ここは若者らしくキレる系のテンプレで対抗か?


『誰もここまでしてほしいなんて言ってない』


 聞いたことない声だ。凄みがある。佐々木でも店長でもない。


『誰がここまでしてっていった』


 声の主は詩音、柚原ゆずはら詩音しおんだった。椅子から立ち上がりテーブルを叩く。


 静まる店内に流れる『ナッシュビル季節のおすすめメニュー』が浮いていた。


「――つまんね、帰ろうぜ」

「付き合ってやってんのによ、」

「―ばっかみたい」


 口々にワザと詩音に聞こえるように悪態をついて席を立った。


『ちょっと待て―』


 集団で立ち去ろうもする足を止める声。店長だ。


「今のは威力業務妨害だ。通報する。防犯カメラの映像も提出する。それなりに覚悟しておけよ」


 脅しではあるがこれから始まる日曜を楽しく過ごせないくらいの効果はあるはずだ。


「佐々木、レジ頼む。冬坂大丈夫か、来い」


 オレは店長に手を引かれてバックヤードの事務所に連れて行かれた。詩音はそれを項垂れて目だけで追った。


 店長の手は冷んやりとして、オレは漠然と大人女子の手って冷たいよな、そんなことを考えていた。
















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