第30話 思ったよりも。

「これでよし」


 オレは大型犬のように雑に頭を拭かれている。ゴシゴシ、グラグラ、わしゃわしゃと。


 頭からかけられたのが水ではなくジュースだった。『ベタつく』と店長が腕まくりしてバックヤードで洗ってくれている。


 時折『何か』当たるのだが気づかないふりをするのが大人のたしなみ。


 洗うのに疲れてきたのか頻繁に当たる。


「すまないな、気を使わせたんだろうな」


 さすが大人女子。あの時オレが暴走したら店長が困るだろうと我慢したことに気づいていた。


 そのご褒美に『当てて』くれてるのか?じゃあ、遠慮なく――と違うか。


 ふざけて、おどけてみたが早々うまくはいかない。


 我ながらさっきのはこたえたみたいだ。そのことは大人女子には伝わるみたいだ。


 伝わるみたいだから、どう接していいのかわからない。そんな吐息が漏れた。


 困らせているなぁ。そう感じたとき頭を拭いてくれるタオル越しに声が聞えた。


「私にも君くらいの歳だったことがあって、その時には『これくらいの歳になれば』何でも出来たりわかったりすると思ってた、漠然とな、でも全然だ」


 そう言ってまた軽く鼻から抜ける吐息を漏らす。


 タオルの隙間から胸元の名札が見えた。ナッシュビル『綾野あやののぞむ』小刻みに揺れている。


「君もこの歳になればわかるぞ、びっくりするくらい全然だぞ。何にもわかってない。何にもわかってないことを前提に聞いてくれるかなぁ――」


冬坂とうさか、君はよくやった。よく我慢したと、褒めたい、私は」


「はぁ、どうも」


 オレは気の抜けた返事しかできなかった。本当に頑張ったのだろうか、ただ何も出来なかったんじゃないのか。


 そんな思いがあった。


「思い出すなぁ。私もそんな風に『スカした』返事してなよ」


「別にスカしてなんか――」


「はいはい、私もその時そう答えたよ『スカしてませんから』みたいな?ツンデレ?」


 いや全然デレてないし。


 だけど、店長と話しているうちに少しずつ元気になった、いや気分が明るくなってきた、か。


綾野あやのさんは――」


「あっ、綾野さんはやめてくれ。何か『かけ離れた』感があって」


「そうかなぁ、そんなことないと思いますけど」


「君はそう思うかもだが学生の頃結構イジられたからなぁ『綾野って上品な響き』なのになぁ、みたいな?いや、別に私そこまで下品ですかねって聞きたいよ、ホント」


「望さんとか、望ちゃんとか、君が希望するなら『のぞむん』とかでも店の外なら大丈夫だ!」


「望さんは――結婚してるんですか?」


 あれ?沈黙そして――頭部に軽い衝撃…殴られた。


「冬坂、君は聞いてたか?に名字でイジられたって。そこから『この人名字変わってない』になんない?してないよ。どの辺りに、私のどの辺りに結婚の要素があるんだ、たくもう」


「はい、乾いた乾いた。君の頭も私の!さぁ、佐々木救出に行くか」


 望店長は手のひらをパンと鳴らしてフロアーに向かった。

















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