第34話

 レルフィード様の執務室には、私とレルフィード様、ジオンさんとシャリラさんが集まっていた。

 

 「なあレルフィード様よ、バッカス王国の奴ら、8合目を越えてきたってよ。どうすんだ?」

 

 ジオンさんがブルースライムの報告を受けてレルフィード様を見た。

 

 うーむ、あれがお友だちになった青田くんかどうか見た目で判断がつかないわ。

 

 私がじっと眺めていると、視線に気づいたのかブルースライムがぴょろんと触手のように手(?)を伸ばした。……うん、多分青田くんだろう。そういう事にしよう。ゴメンよ青田くん。まだスライムの見分けが色でしかつかないんだよ。

 

「……どうって言われてもな。勝手に俺を倒しに来ているわけだしなぁ。本来なら相手をしなくちゃならない案件じゃないんだが、一応聖女がいるから話し合いはしたいな、とは思っているんだ」

 

「あのですね、無知で申し訳ないのですが、召喚された聖女さまというのはお強いのでしょうか?」

 

 私はぺしぺし、と茶碗にご飯を盛りレルフィード様に渡した。会議はランチも兼ねているので、私が厨房で春巻と青菜の油炒め、白身魚フライのあんかけと玉子スープを作って運んできている。


 そのためか執務室の中はどうにも緊張感が薄い。

 シャリラ様も「ご飯はよ」と言う顔つきで箸を持って待っているし、ジオン様もいそいそとしょうゆを小皿に注いでカラシを容器から取り出しさらの横に山盛りにしている。

 

 お前ら重要な会議じゃないんか、と内心では思うが、長であるレルフィード様がキラキラした眼差しで揚げたての春巻きを見つめているのではどうしようもない。

 

 まあ腹が減っては戦が出来ぬと言うし、それはいいとしても、戦争的な緊迫した感じがないのだ。

 

「あー、聖女か。キリのいる国では魔法はないんだっけか。うん、聖女は唯一ホーリー魔法を支えるんだ」

 

 ご飯を受け取りパリパリと春巻を頬張りながらジオンさんが教えてくれる。

 

 シャリラさんは黙々と白身魚フライのあんかけを食べながら「甘酸っぱいところが堪らない」と幸せそうにモギュモギュしていた。

 

「レルフィード様は、国で一番の魔力持ちなんだが、俺たちも当然ながら持っている。魔族だからな」

 

「はい」

 

「だが、基本的には火、土、水、風に加えて闇魔法しか使えない。これは恐らく相性みたいなものになると思うのだが……」

 

 ジオンさんが言うには、大概の魔族は4属性のうち1つか2つの相性のいい魔法が使える。

 

 魔力が高ければ高いほど使える魔法も強い。

 

 レッドスライムなどはそれほど魔力がないので厨房で料理の火を使う位がせいぜいだが、カクタスダンサーはあんなに小さくても結構な魔力持ちで、土魔法で土を耕しながら、同時に足りない栄養分を与えるような水魔法も併発出来たりする。

 

「なるほど。それで闇魔法というのはどういった魔法なのですか?」

 

 4属性は大体分かるが、闇魔法はピンと来ない。

 

「……それはねぇ、キリを召喚した時のように、魔法陣を使ってやるような大がかりな物もあるのだけど、防御結界を張ったり、うーん、簡単なので言うとケガをした時に血止めをしたり、熱を下げたり、安らかな眠りを与えたりとか。医者になる魔族は大概闇魔法を使えるわ」

 

 春巻をかじって「あつつつ」などと言いながらシャリラさんも話し出した。

 

 見ると、白身魚フライのあんかけは綺麗になくなっていた。お気に召したらしいので、お代わりされますかと聞いたらコクコクと笑顔で頷いた。

 

「ホーリー魔法……聖属性ってのはほぼ使える人もいないし、普段はあまり役に立たないんだけどね、いわゆる魔法の無効化というのが出来るの」

 

「魔法の無効化、ですか」

 

「そう。ほら、私たちは人間と違って豊富な魔力があるから、火を使ったり風を巻き起こしたりとそれを戦いの手段として使う事が可能じゃない?

 人間も使える人は少数だけどいるのよね。聖女を召喚できたんだから。ただ魔族ほどの魔力はないし、絶対数が少ないから戦いの時には不利な訳よ」

 

 あー、弓矢も鉄砲も風で方向を変えられたり、水魔法で鉄砲そのものも使えなくしたりとかが出来るもんねぇいくらでも。

 

「でも、ホーリー魔法は敵側の魔法を全て無効にするから、防御の魔法も効かなくなるの。攻撃魔法も使えないから本当に体だけの勝負ってことね」

 

 まあ魔族は魔法に全部頼ってると思うところが人間の浅はかなところだけど、とシャリラさんは笑った。

 

 笑うところじゃない気がするんだけど。

 

「え、でもそれじゃ皆さんケガしたりとか……」

 

「キリ」

 

 お代わりのお茶碗を差し出したレルフィード様は、頬にご飯粒がついていたが、それでも無駄に美しかった。

 

「私たちの多くは何故か人並み以上に筋力もあるから、物理的にも正直言えば魔法がなくても強い。

 剣を使えない奴らはデカい石を持ち上げて投げたり大木を振り回したり出来るしな」

 

「ああ……そうですねそういえば……」

 

 200キロはありそうな豚を両肩に抱えて厨房に軽々と笑顔で運んできたジオンさんを思い出した。

 

 レルフィード様の頬のご飯粒を取ってお代わりをよそって渡すと、

 

「ありがとう」

 

 と嬉しそうに微笑んだ。

 いいトシして子供のような人だが、可愛い。

 

「本当は、聖女が来たところでどうということはないんだが、勝てると思ってガンガン来る人間をあしらうのが大変なのだ。大ケガさせても何だしな」

 


 ……なるほど。大人と子供の戦いなのか。

 ちょっと力の差が有りすぎて可哀想だが、強ければ強いで苦労もあるものだ。

 

「だからキリがこちらの聖女として、その辺のところを角が立たないよう上手いこと説明してくれて、戦う意思はないし、その、戦ってもあまりメリットがないと言うのを伝えてくれると有り難いのだ。

 ……恐らく魔族の言う話など耳を傾けない輩も大勢いるだろうしな」

 

 

「……分かりました。出来る限り頑張ります」

 

 要は一方的に被害者意識をもって暴れるお客さんのクレーム対応みたいなものだろう。

 

 それくらいなら私でも役に立つかも知れない。

 私は少し不安になりつつも頷いた。

 

 

 

 


 

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