第33話

 バッカス王国の『勇敢な聖女と勇者たち(仮)』の精鋭たちは、このマイロンド王国の険しい山を登りながらも、何とはなしに納得行かないものを胸に抱えていた。

 

 

 『……あ、そこね、ちょっと岩が多くて凸凹してるから気をつけて下さいよ。足でも挫いたら降りる時に大変だからね』

 

「ううう、うるさいっ!そんなことは分かってる!!」

 

『それならいいんですけどね。──あ、あとそこ整地が間に合わなくてツルが大分伸びちまってますから、余所見してると……あー、ほら兄さんが2人すっ転んだ』

 

 

 山に入る道が馬車など使えないほど狭かったのが判明し、仕方なく馬車の手綱を山の入口近くの木にくくりつけ、聖女も王子たちも含めて重たい装備と分散した食料や武器を背負い、えっちらおっちら己の足で登っているのだが、明らかに魔族とおぼしき皆の頭に直接語りかけてくる声は、やたらと優しいのである。

 

 こっちは魔王を討伐に来たんだぞ、聖女だっているんだぞ、と言っているのだが、

 

『あーそうですか。魔王さま強いから多分無理だと思いますけど、まあやってみるのは自由ですし』


『それとウチにも聖女がいらっしゃいますけど、今は魔王さまとラブラブですし、普通の人間の女性なので、無茶な攻撃とかしないで下さいね。

 どっちにしろ聖女なので攻撃とか無意味だと思いますし、ちょっとでも怪我させたら、聖女より魔王さまの方が激おこだと思いますから、皆さんの身の安全の為にもくれぐれもご用心下さい』

 

 などとこちらの安全を配慮した語りかけまでしてくる始末だ。

 

 好戦的な悪の権化というよりは、世話好きの気のいいオイチャンとオバチャンみたいなもので、

 

「うおおお、やったるでぇぇぇ!」

 

 というアグレッシヴな気持ちが萎えるのである。

 

 

 その上、マイロンド王国にも聖女が降臨していたという【果たして悪い奴らの所にも聖女が来るのか?】【マイロンド王国って本当に悪者なのか?】という疑問と【聖女があちらにもいるのなら、そもそもウチらのメリット無くない?】というザワワな不安が勇者たち(仮)の心を揺さぶったりして、モチベーションが上がらない事この上ない。

 

 

 気合い充分なのは聖女ビアンカただ1人。

 

 

「ふん、どうせ偽物よ。私が本物の聖女。こんな声なんか無視してとっとと先を急ぎましょう!」

 

 とウエイトレス仕事で鍛えた健脚でグイグイと山を登っている。

 

 といっても聖女の荷物は自分がメイク道具や着替えを入れたリュックサック1つのみなので、他の人間よりは当然ながらかなり楽なのだ。

 

「……ふぅ、ビアンカちゃんぶれないねぇ」

 

 息を切らしながらも、王族特権で荷物を部下に持たせ身軽なオルセーが兄のシルバに話しかけた。

 

「兄上はどう思う?聖女の話」

 

「──分からんな。だが、魔族といちゃつくようではどうせろくな聖女ではあるまい」

 

 だからといってビアンカが素晴らしい聖女かというとそれもまた疑問ではあるのだが。

 

「しかし、勇者たちのやる気がどんどん下がっているのが気になるな。……アーノルド、お前はどう思う?」

 

 背後から重たい荷物をものともせず力強い足取りで上がって来る騎士団隊長は、シルバの問いかけに少し考える様子を見せてから、

 

「……魔王と対面しないと何とも言えないですね。他の魔族が好戦的でなくても、魔王が戦が好きなタイプであれば、国民は流されざるを得ませんし」

 

 と返した。

 

「ですが、本物の聖女があちらにもいるのなら、ウチの聖女のホーリー魔法は発動しませんし、したとしても相手も異世界の人間なら中和されてしまいます。

 正直、我々だけの力勝負だと少々分が悪いかと」

 

「えー、困るよ負け戦なんて。カッコ悪いじゃん」

 

 オルセーが慌てたようにアーノルドを見た。

 

「カッコいい悪いというより、生きて帰れるか帰れないかという問題かと思いますが」

 

「本物の聖女ならアウトかも知れんな……」

 

 眉間に皺を寄せたシルバは、あんな金のかかるワガママな聖女を大事に扱っていたのは、全て無駄な事だったという事になるのかと思うと気が遠くなりそうだった。

 

「聖女が本物でなければいい。

 万が一本物の聖女でも、どうせ魔王の女だ。居なくなったところで我が国は困らん。なあアーノルド、戦いには犠牲が付き物だろう?」

 

「……結構えげつないお考えですね。勝利の方向性として間違ってはおりませんが、女性に手をかけるのは騎士団の人間として些か──」

 

「何が騎士団だよ!分かってんだろうな?生きて帰れなきゃ騎士団もクソもないんだよ!お前が一番腕が立つんだから、本物だったら隙を見て殺れよ!!」

 

「……御意」

 

 明らかに悪くなりつつある空気感を見ない振りをして、シルバは山頂へ向かってひたすら足を運ぶのだった。

 

 

 

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