第25話
【レルフィード視点】
最近、キリが忙しい。
「一通り私の作れるモノは厨房の皆さんに作って頂けるようにならないと!」
と特別講習まで休みの日に始めたり、シャリラが別の『デリケートな扱い』の仕事をキリに任せたりするので、休みが休みでなくなっている気がする。
昼食の時は食堂まで行けば会えたり、掃除をしてる執務室に行けばキリに会えばするのだが、私と出掛ける時間がないのが寂しい。
それに、何故か私の周りのメイドが一斉に人事異動で変わったようで、ふくよかな体格のいい女性が増えた。
基本的に人見知り……魔族見知りか?のため、正直見慣れた者の方がいいのだが、シャリラが言うには、
「色々な業務を順繰りに体験させて、多才な部下を育て増やすのが目的です」
と言われると、そういうものか、と普段魔王らしい仕事もろくに果たせてない自分としては反省するしかないのだが。
しかし、本屋に出掛けようとキリを誘っても、
「今日は少し予定がありまして。
あ!最近レルフィード様付きになられたメイドの方、お父様が学者さんだそうで、かなり文学にも造詣がおありになるようですので、彼女をお連れになったら如何ですか?ほら、アレの練習にもなりますし」
とシャリラの部屋にそそくさと消えていかれると、何だか胸が締め付けられるような気持ちになって切ない。
1度はどうしても参考にしたい本があったので、その新しいメイドに付いてきてもらい、話を参考になかなかいい本を入手する事は出来たが、別に手を繋ぐ事もなく、お茶を飲むでもなく帰って来た。
間が持てないというか、一緒にいても愉しくない。
キリと食堂で会った時にその事を告げると、
「……んん?知的系タイプはイマイチなのかしらね。もっとセクシー系が……」
などとぶつぶつ独り言を言いながら、少し考え込むような表情をしていた。
「……なあシャリラ」
執務室で私は書類を運んできたシャリラに尋ねた。
「はい、何でしょうかレルフィード様」
「私は何かキリに悪い事でもしたのだろうか?避けられている気がするんだが」
「まさか!あの子は仕事に真面目なので、何でも一生懸命ですから、新しい仕事に打ち込んでるせいで素っ気なく思われるのかも知れませんわね」
「そうか」
ふと、溜め息をついた。
シャリラは私を見て、
「ちゃんと聖女が来たらキチンと役目をこなすと申しておりましたし、心配せずともよろしいのでは?」
と告げた。
「あ、ああ聖女か。…………そうだな」
元々の目的はそっちだったのをコロッと忘れていた。
失礼しました、と出ていくシャリラを見送り、
「……なんだ、もう遅かったんだな」
自分に呟いた。
キリと一緒に手を繋いで出歩きたい。
キリと一緒にご飯を食べたい。
キリと一緒に……。
キリと……。
キリと。
私の頭の中は単に何かをしたい、というのではなく、キリと一緒に何かをしたいという事しか思い浮かばない。
キリの事を考えていると心が温かい気持ちになる。
ふわふわした手を握っていると気持ちいいし、ドキドキする。
これが多分、恋というものなのだろう。
174年生きてきて初めての感情だ。
結局、自制しようとしていたのに勝手に恋は育ってしまっていた。
深くまた溜め息をついてしまう。
帰っていくキリには迷惑でしかない感情だ。
だが、もう止められないものは仕方ない。
私は覚悟を決めると便せんを取り出し、手紙をしたため出した。
* * * * *
「……レルフィード様、失礼いたします」
私から『重要な話があるので、仕事を終えたら私の執務室に来て欲しい』という内容の手紙をちゃんと受け取ったのだろう、キリがドアをノックして入ってきた。
「──あの、何か大事なお話があるとか?……あ、もしかして聖女さまの件でしょうか?」
私を見るキリは相変わらずぷにぷにとして可愛らしい。
「わざわざ済まない。──ソファーに座ってくれ。
あ、コーヒーでもどうだ?」
「ありがとうございます……あっ、私が致しますので」
私はキリの言葉を手で制して、ポットの中のコーヒーを用意していたカップに注ぐと、キリの前に置いた。
自分にも注ぎ、キリと向かい合わせでソファーに身を沈めた。
「実はな……」
「はい」
「……どうやら、私はキリに恋をしてしまったようだ」
飲んでいたコーヒーを口からダラダラこぼしながらキリが目を見開き私を凝視していた。
そっとタオルをキリに渡す。
「あ、ああすみません有り難うございます」
キリはタオルを受け取り慌てて口元やメイド服を拭うと、洗って返しますね、と手元に置いた。
「レルフィード様、恐らくそれは勘違いなのです」
「勘違い?」
「はい。たまたま私とデートの練習などをするようになったので、私のような肉付きのいいたぷたぷした女性の好みがあった事に気づいたのではないかと」
「ん?いや、私は別に肉付きがいいからと女性に心惹かれた事はないのだが。そもそも見た目で好きか嫌いかなど判断した事もない」
「……は?いえ、ですが誰しも好みの傾向というのがございますよね?ロングヘアーが好きとか、ぱっちりおメメがタイプとか」
「だが、それは中身とは関係のないものだろう?髪など切れば短くなるし、目だって眠かったらぱっちりはしてなかったりするしな。
私は一目惚れというのは信じない。心が合う合わないかが一番大切だろう?外見を見ただけで何が分かるんだ」
「それでは、その、デブ専ではないのでしょうか?」
「だから太ってる痩せてるとかはどうでもいいんだ。そんなの本人の自由だろう?体質だってあるのだし。
敢えて言うなら私はキリ専だ。キリがいいんだ。キリだけでいい。
キリには打算がない。我欲もない。魂が真っ直ぐで綺麗で一緒にいると心が安らぐ。キリがいると胸の動悸がすごい事になる。手を繋ぐと心も繋がる感じがして嬉しい。
あ、笑った時に浮かぶエクボとか、勿論ふわふわの柔らかそうな手や体も好きだが、それはあくまでもキリだからであって、決してそういう体型とか顔が好きだと言う訳ではないんだ」
生まれてこのかた、こんなに沢山の話をした事があっただろうかという位に私は語った。
「…………」
黙ったままのキリを見ると、驚くほど真っ赤な顔をしていた。
「ぐ、具合が悪いのか?済まない、熱か?風邪だろうかっ今侍医を──」
私は自分の事を語るために呼びつけてしまい、キリの体調を無視してしまったのかと焦ってオロオロと立ち上がるが、
「いえ、猛烈に恥ずかしいだけなので結構です!」
と首をぶんぶん振られた。
「レルフィード様、本当に私のことを、その、お好きなのですか?」
「ああ」
「……私は聖女の件が片付いたら帰る人間ですよ?」
「分かっている。私も最初はそう思って抑えていた筈なんだが、気がついたらどうにもならなかった」
「そう、ですか……」
「期間限定でもいい。友人でいいんだ。せめて帰るまでの間だけでも、今まで通り出掛けたり食事をしたりしてもらえないだろうか?時間がある時だけで構わないんだ。…………出来ればもう少し沢山、長くデート出来たらとは思うが贅沢は言わない。あっ、もちろんキリがイヤでなければ、だがっ」
私は一方的に思いを告げるだけで、またキリの気持ちを無視するところだった。
「キリは、私の事を嫌いか?」
「──いえ、好きです」
「そうか!じゃ、今まで通り仲良くしてくれるだろうか?」
「それはちょっと……」
「だ、ダメか?」
「──どうせでしたら期間限定の『友人』ではなく、『恋人』の方が良いんですけども」
「──え」
「こうなりゃヤケですから。旅の恥はかきすてます。
よろしいですよね?」
キリが立ち上がると、私のソファーに回って手を差し出した。
何も考えずに手を伸ばす。
グイッと引っ張られて立ち上がると、キリに抱きつかれたので驚いて固まった。
「え?あ?」
「『友人』ですと出来ませんが、『恋人』なら可能です。そして時には」
背伸びして私にちゅっ、とキスをしたキリに返す言葉を思いつかずにただ呆然と目を見張る。
「このような事も出来たりします。
友人のままと恋人の方と、どちらがレルフィード様はよろしいですか?」
「あ……こ、恋人で」
「ありがとうございます。私のファーストキスですから記念に覚えておいて下さいね。では私は明日も仕事なので失礼します」
ペコリと頭を下げると、驚くほどの速さで執務室から出ていった。
「……私だってファーストキスだぞ……」
ソファーにぐったりと座り込むと、頬が一気に熱くなった。
キリは、本当にどこもかしこも柔らかいな……。
思いながらハッと気づいた。
しまった。抱きつかれただけで抱き締めるタイミングを逃していたではないか!
(次は、私の方からぎゅっと……。いやでも力を入れたらキリが潰れてしまうかも知れない……ふわふわだからな。少しずつ強くして)
自室へ向かいながら延々と脳を巡る妄想に頭を悩ませつつ、今夜は顔を洗わない、というのだけは行動リストのトップになっていた。
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