第26話


 とんでもないことを…………。

 

 

 よく眠れないまま気がついたら朝になっていたので、メイド服を身に着けながらも、私の寝不足の頭の中ではその単語だけがぐるぐると回っていた。

 

  

 昨夜、レルフィード様からやたらと褒められた上に、告白まがいなことを言われ、恥ずかしすぎておかしなテンションになった私は、友人でもいいからというのを、恋人ならこんな事も出来ますと抱きしめてキスまでして、レルフィード様に強制的に恋人モードを選択させてしまったのである。

 

 自室に戻った途端、まるでモテてる女のような神をも恐れぬ勘違い発言&痴女行動をした己に叫びだしてしまいそうな思いで膝をついて頭を抱えた私は、

 

(……よし、あれはなかった事にして、やっぱり友人の方向にしよう。うん、そうするべきだ)

 

 しばらくして冷静さを取り戻しそう決意した。

 

 

 あんな性格もよくて優しくて破壊力のあるイケメンを、唇がぶつかるような距離感にいるのに慣れてしまったら、高望みが過ぎる超面食いになってしまう。

 日本に戻ったら生涯独身が確定だ。

 

 いくらレルフィード様が好きでも、戻ってから一生ぼっちになるのは避けたい。

 

 

 よっしゃ、とパンパンと頬を叩き、仕事の前に気合いを入れてレルフィード様の部屋をノックした。

 

 扉が開く音がして、

 

「どうしたキリ?」

 

 とかけられた声で顔を上げ、

 

「あの、昨夜の事なのですが──」

 

 と言いかけて、レルフィード様に満面の笑みを向けられているのを目の当たりにした。

 (……これはもうダメな気がする)とくじけそうになったが、負けてはアカンと、

 

「えー、昨日のアレなのですが、やはり友人──」

 

「ああ、恋人だから挨拶と朝食の誘いに来たのか!そうだな、私も気が利かなくて済まない。そういうのは男から誘わなくてはいけないと本で読んでいたのに……許してくれ」

 

「いえ、そうではなくて──」

 

「私もそろそろ食堂に行こうと思っていたのだ。今日はふれんちトーストかたまごかけご飯らしい。どちらがいい?」

 

「あの、というかですね──」

 

 

 ぐうぅぅ。

 

 

 結構な大きさで私のお腹の音が鳴ってしまい、自分の健康な胃腸に舌打ちしそうになった。

 恥ずかしくなり俯いたが、

 

「腹が減ったな。今ならそんなに混んでは居ないだろう」

 

 と私の手を引いて何でもないように歩き出した。

 

 

 そこで言うタイミングを逸したのだが、食後に改めてチャレンジだ、と思いながら卵かけご飯と焼き魚を食べていたら、レルフィード様が立ち上がり、厨房に行って少ししてから戻って来た。

 

「どうされましたかレルフィード様?」

 

「いや、キリが帰るまで恋人同士になったから、余りこき使わないで欲しいと頼みにな」

 

 ご飯が喉につまり噎せた。

 

「だっ、大丈夫かキリ?ほらお茶を飲め」

 

 ゲホゲホと咳き込んだ後に、レルフィード様からグラスを受け取りお茶を飲み干した。

 

「お代わりはいるか?」

 

「ええお願いしま──いえ違いますよ!朝っぱらから何を仰ってるんですか!!」

 

 小声で叱りつけた。他にばれる前に穏やかお友達モードにするつもりだったのが台無しである。

 

「……え?出来るだけ早くと思ったのだが、やはり人が多い昼間の方が良かっただろうか?

 だが……良いことは早めの方が良いだろう?」

 

 ご機嫌を絵に描くとこんな感じだろうと言った笑みをこぼすレルフィード様に、脳内会議が発動した。

 

 

 

《キリ0号、発言を》

 

《いや、もう詰んでるじゃないっすか。しゃーないからレルっちの好きにさせたらいいんじゃねっすかね?》

 

《キリ1号は?》

 

《いえね、こんな喜んでる方に今さら「やっぱり友達で」等と言ったら、ダークフォースに飲み込まれるんじゃないかと思いますのよあたくし》

 

《……キリ2号、何か妙案でもないのか》

 

《そうですねえ、もう日本に戻って独身貫いても良いじゃないですか。今のキリを好きになってくれてるんですよ?こんないい人、日本でも会えないですよきっと》

 

《だいたいさ~、友達で終わらせたからって、日本に帰ったらいい男が捕まる保証でもあんの?アンタ性格はともあれ、見た目はマニア向けなのよ?》

 

《4号、発言は許してないぞ》

 

《まあ、もう物事は動いてしまった訳ですし、キリの気持ちの赴くまま、好きなら好きで仲良くして、いい思い出作った方がいいんじゃないですか?》

 

《そうそう。3号にさんせー♪》

《3号のでいいじゃん》

《我慢は美徳とかウソだから。後で絶対後悔するから》


  

《──3号案で可決。3号案で可決》

 


  


「……いえ、余り周りに注目されるのが苦手なのです」

 

「私もだ。だが、周りに知らせておかないと、キリに邪な思いを抱く者を牽制出来ない」

 

「牽制する必要など微塵もありませんが」

 

「いや、奥のテーブルの奴も笑顔で手を振って挨拶していたし、後ろの席の虎の獣人がイヤらしい目をしてキリを見ている」

 

「確実に単なる挨拶の域を出ないと思います。

 レルフィード様が特別なだけで、私はこんな見た目ですから男性から好意を向けられる事は少ないのです」

 

「何を言う。キリは本当に可愛いのだ。

 第一、太いからというが、ちっとも太ってないぞ?

 2、300キロ位までなら片手で持てるから安心しろ」

 

「魔族の基準で発言しないで下さい。あーそうなのか、とか思ってますます肥えたらどうするのですか?」

 

「……ん?別に構わないが。もっとフワフワするのだろうな。それはそれで気持ち良さそうだ。可愛い。

 あ、でも健康に影響が出ないレベルにして貰えると嬉しい。キリが元気じゃないと、その、悲しいからな。

 あ!違うぞ!フワフワするというのは触りたいというイヤらしい気持ちではなくて雰囲気の話でだな、決してやましい気持ちではないのだ。

 ……待った。いや、触りたくないという訳でもなくてだな、むしろ触れられたらいいなとか、ほわーっとした願いで……馬鹿だなこれでは完全に変質者じゃないか……。

 こう、ニュアンスで捉えてくれるとだな、私としては有り難いのだ!そう、ニュアンスでっ」

 

 顔を少し赤くしながらも必死に弁解をしているのだが、語れば語るほど泥沼化するレルフィード様が面白い。まあコミュ障がいきなり気持ちを100%言葉に変えられる言語力を持つわけではない、と私は経験で知っているのである。

 

「大丈夫ですよレルフィード様。変質者とか思ってませんから」

 

 クスクス笑いながらもちゃんと伝えておく。

 

「そ、そうか。──やはり、キリは笑っていた方がとても可愛いな」

 

 ウンウン頷くレルフィード様にこっちが照れてしまう。

 

「あと、お願いがあるのだが」

 

「何でしょうか?」

 

「その、恋人同士で『様』をつけられると、距離がある感じで嫌だから、呼び捨てにしてくれないか?」

 

「……いきなりはちょっと難しいかと……」

 

「じゃ、じゃあせめて愛称とか。ほら、シロちゃんとかあるだろ?私にもつけてくれ」

 

「…………金髪だから……金ちゃんとかでしょうか?」

 

「……あのなキリ、仮にも恋人に雑すぎないか?」

 

「昔から覚えやすい事を最優先にしておりましたので。んんー、レルとかフィーとかそういうのでございますか?」

 

「あ!それだ!フィーがいい。あと仕事以外では敬語も止めて欲しい」

 

 注文が多い。

 恋愛ごとに慣れてない私には結構なハードルなんだけどなあ。

 

「フィー、ですね?かしこま……頑張り、ます」

 

「もう一回呼んでくれ」

 

「フィー?」

 

「…………ああ、いいな。好きな人からしか呼ばれない特別な名前というのは、とてもいい」

 

 うっとりとした顔で微笑むレルフィード様の方がよっぽど攻撃力が高いので止めて欲しい。

 

 

 

 

 

 「……ええと、レルフィード様?」

 

「なんだ」

 

「何故、キリの掃除について回っておられるのですか?」

 

「期間限定だが、恋人だからだ」

 

「こっ!?──いえ、だとしてもご自身の仕事もしないで何をされているのですか」

 

「側にいたいから以外に何がある。勿論キリの手伝いも出来るぞ」

 

 堂々と答えるレルフィード様に動揺するシャリラさんを見て、ですよねぇ、と私も息をつく。

 


 シャリラさんも、

 

「薄々分かってはいたんですけれども……仕方ないですわねぇ」

 

 と溜め息をついたが、キッとレルフィード様を睨み、

 

「ですが一緒にいたいならまずは仕事を片付けて下さい!キリ、仕事終わったらレルフィード様のお迎えよろしくね。今は撤収するわ」

 

「よろしくお願いいたします」

 

 仕事はキチンとやりたいので、離れてくれた方が嬉しい。深呼吸をすると脳内で何度かリピートしてから口に出した。

 

「……フィー、またお仕事の後でね」

 

 と手を振ると、シャリラに抵抗していたレルフィード様が急に大人しくなり、モジモジと恥ずかしそうにしながら、

 

「──分かった。キリ、後でな」

 

 と言うと、嬉しそうにジオン様の執務室からドナドナされていった。

 

 

 何だかこの先が思いやられる気がして、閉まる扉をぼんやりと見つめていたが、

 

「白ちゃん、あなたのボスはもう少し落ち着いてくれると良いわよね、いい大人なんだからさ」

 

 と呟いた。少なくとも私より150歳近く年上なのだ。

 

 白ちゃんは、ちょっと考えるように動きを止めると、触手をピロッと伸ばして、てしてし、と同情するようにふくらはぎを叩くのだった。

 


 

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