第23話

 私がマイロンド王国にお世話になるようになってあれよあれよで3ヶ月経ってしまった。

 

 

 厨房で働く人たちも、チーフ以下見習い含めて全員が勤務時間外にもメモを取りながら熱心に学んだ結果、私が初めて作るモノでもない限り、一通りは上手く日本風の各国の料理を作れるようになった。

 

 

 最初は「見習いにまで貴重な料理の技術を磨かせるのはどうなのか」という意見もあったのだが、万が一チーフやサブチーフにしか作れない状態にして、私が居なくなってから彼らが急病とか事故などで料理を作れなくなった場合、困るのは貴方たちなのだ、と話したら納得してくれた。

 

 

 既にプロに任せて、私は週に1度か2度、新作料理やスイーツを作るだけの講師のような存在である。

 

 

 楽になったのは嬉しいのだが、時間が余るというか、厨房に籠っていた時間が空いてしまいやる仕事が減ってしまった。

 

 白ちゃんと執務室や風呂場の掃除を済ますと、やることがない。数時間しか働いてない。

 

 白ちゃんに、

 

「友だちのスライムさん紹介してくれない?」

 

 とお願いして、緑子ちゃん(グリーンスライム)と青田くん(ブルースライム)に会わせてもらい、仲良くなりついでに、縦に伸びる(YES)、横に広がる(NO)以外にも、その場で跳ねる(好き)、ぷるぷる震える(嫌い)、という対話方法を増やし、

 

「ジオン様はこきつかうけど、やさしいから好き」

 

 だとか、

 

「シャリラ様はたまに怒るとこわいから少し嫌い」

 

 などという情報を引き出した。

 

 レルフィード様はどうなのか聞くと、びよーんと跳ねてから、少し考え、ぷるぷる、と震えた。

 

「好きだけど嫌い?」

 

 NO。

 

「好き、は合ってる?」

 

 YES。

 

「じゃ、好きだけど、嫌いじゃない?

 んー?苦手なとこがあるとか?」

 

 YES。

 

「何だろうな、レルフィード様は優しいしな……うーん……怖いとか?」

 

 YES。

 

「え?怒ったりする?」

 

 NO。

 

「まさかいじめるとか?」

 

 NO。

 

 じれったくなったのか、緑子ちゃん(ちなみに自分が覚えやすいように勝手に命名している)が、ぶおーん、と大きくなり、白ちゃんに向かって触手のようなものをピロピロピロピロ~、と風にそよぐように動かすと、白ちゃんが小さくなってぷるぷるして見せた。

 

「……おー、もしかして、魔力のオーラが強くて怖いって事なのかしらね?」

 

 YES!YES!YES!

 

 嬉しそうにびよーんびよーんびよーんと伸びるスライムさんたち。

 

「そうか。私は全く感じないんだけど、やっぱり魔王様だから魔族同士だと魔力が強いのが分かるんだねぇ」

 

 気圧されるというやつかな。

 

 職場で本社の課長が現場事務所に視察に来た時も、何か叱られるんじゃないかと思ってビクビクしていたけど、あんな感じだろうか。

 

 マイロンド王国では魔力の強さが地位の高さに繋がってるみたいだし、きっと段違いにパワーがあるんだろう。

 

 そう考えるとレルフィード様も、先天的なコミュ障というより、周りがビビるから引きこもりがちになったというのが正しいのかも知れないなぁ。

 

 

 スライムさんたちと別れた後も、なるほどねぇ、大変だな強いってことも、などと感慨に耽っていると、

 

「キリ……仕事は終わったのか?」

 

 と背後から遠慮がちに声がかかった。レルフィード様である。

 

「あ、こんにちはレルフィード様。もう私は今日の仕事は終わりました。

 レルフィード様はお仕事は?」

 

「終わった。……時間があるならお茶でも一緒に飲まないか?」

 

「はい喜んで。──あ、レルフィード様はアラレはお好きですか?」

 

「アラレ?」

 

「あ、そうか。えーと、餅米を使ってまして、オーブンで焼いた小さな塩気のある米菓子なのですが。

 緑茶とよく合います」

 

「そうか。──美味しそうだな」

 

「では、今日おやつにしようと作っておいたので一緒に食べましょう!私ちょっと部屋に戻って取ってきますね……っとと」

 

 ずっとスライム目線でしゃがんで話していたので、脚が痺れていたのか思わずよろけてしまった。

 

「おいっ!」

 

 レルフィード様は私の腰に手を伸ばして、よろけもせずに支えてくれた。やはり紳士である。

 

「ありがとうございました。じゃ、少々お待ち下さいね」

 

 部屋に戻ろうとする私の手を掴んだレルフィード様は、

 

「……心配だから一緒に行く」

 

 と眉間にシワを寄せて頷いた。

 

「いや、ちょっとよろけただけですから大丈夫です」

 

「キリはそそっかしい。私がいない時につまずいたらどうする?骨折でもしたら大変だ」

 

 

 いや、普通に転ぶだけの話ですけども。

 

 転んだ位で骨折するほどのヨイヨイのご老人ではないのだ。そそっかしいのは昔からではあるけど。

 

 そう説明したのに、首を振って、私の手を繋いだままレルフィード様は歩き出した。

 

「…………あのー、城の中で手を繋ぐというのは……アレではないですか?」

 

 働いてる人たちもまばらではあるが行き交ってるのである。これではまるで……まるで……。

 

 

「ん?何か問題があるのか?」

 

 

 個人的には問題しかありませんが。

 

 

「キリと私は既に親しい友人だ。友人と手を繋ぐのは自然な事だ。恋人が繋ぐのとはまた別だろう?」

 

 

 そうなのか?

 子供同士なら自然だと思うけども、

 大人の異性同士だとアレじゃないかな。あらあらお若い方はいいわね~、みたいな流れになったりするんじゃないの。え?人間界のみのルールなの?

 

「えー、魔族の友人同士ならば、これは普通なのでしょうか?」

 

 私は自分の手を握るレルフィード様の手を見た。

  

「…………普通だ。ほら、アラレ取りに行くんだろう?」

 

「あ、はいそうでした!」


 

 その一瞬の間は何ですか?ねえ。

 

 

 手を引かれたキリは、これも練習の成果なのだろうか、と思いつつも気恥ずかしくなり、少々熱くなった顔を俯けてレルフィード様の後ろを歩いていくのだった。

 

  

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