第22話

 バッカス王国では現在、隣国の魔王を倒すべく、討伐部隊の選抜テストで町も王宮も騒がしい。

 

 

 危険手当てもかなりつき、美しい聖女と共に戦える。

 更には一般の平民からも力さえあれば参加が可能とあって、毎日王宮の門の前には模擬戦に参加して上手いこと討伐部隊入りしたい腕自慢がずらりと長蛇の列になっている。

 

 

 

「…………ふぅぅ」

 

 ビアンカは王宮の騎士団の訓練場の方からカンカンと剣がぶつかり合う音を聞きながら溜め息をついた。

 

 

 最初にこの国に来た時は、何がなんだかさっぱり分からなかった。

 召喚されたとか言われても現実味がなかったし、家に帰せと泣き叫んだが、ちゃんと役目が済んだら元の世界に帰してくれると言うので、それならとようやく落ち着いた。

 

 落ち着いた後によく考えてみたら、私は聖女という役目。いわば正義のヒロインではないか。

 

 そこはアメコミで育った生粋のアメリカンである。

 

 正義のヒーロー、ヒロインの役割を自分が出来るなんてなんてファンタスティックなの!

 ムービーみたいじゃない!悪を倒すべく立ち上がるスーパーヒロイン・ビアンカ!!

 苦難を乗り越え勝利を我が手にする訳ね。

 やだー燃えるわ~。

 

 などとテンションがだだ上がりしてヤル気満々だったのだが、まだ勇者の選抜も終わってないという。

 

 何千だか何万人だかいる討伐部隊の参加希望者のテストが終わるまであと数ヵ月はかかると言われて、内心で舌打ちした。

 

 ちょっと、それまで何をしてればいいのよ。

 

 町を出歩くのも、聖女さま聖女さまでチヤホヤされるのは楽しくない訳ではないが、1ヶ月もしない内にそれも飽きた。

 

 何か魔法でも鍛えた方がいいのかと尋ねるも、この国ではホーリー魔法は使える者がいないし、ピンチになると自動的に発動するから居るだけでいいと言われた。

 


 ビアンカは考えた。 

 それならロマンスよね!

 必ずヒーローにはヒロインが現れるように、ラブの要素もないと!

 

 気持ちを切り替えたものの、この国の第1王子のシルバは武骨なだけでスマートさがないし、第2王子のオルセーも顔はそこそこだがろくに剣も使えない女好きのロクデナシである。

 

 騎士団の隊長のアーノルドは渋いイケメンだが、いかんせん融通が利かないクソ真面目な男で好みではない。

 

 この際平民でも良いわとテストの審査席で何日か眺めていたが、カントリーボーイやガチムチのオッサンばかり。

 この国にはヒロインに釣り合う強いイケメンがいないのかしら、やだー萎えるわあー。

 

 自分も国に戻れば一般人でカフェテリアの店員である事はすっかり棚上げしているのだが、この国では選ばれた人間である、という事実がビアンカのプライドを支えている。

 

 

 テレビもネットもないし、ロマンスも芽生えそうにない。ビアンカは暇で暇で死にそうだった。

 

 文字はは不思議と読めるので、娯楽小説などをどっさり購入してもらい、おやつを食べながらダラダラと読み耽る位しかやることがない。

 

 コミックばっかりで文字ばかりの小説など殆ど読まなかった人間なので、疲れてしまい長時間は読めない。

 ストレスは貯まる一方だった。

 

 

 

 

「…………しかし、あれだけ何もしない聖女というのも珍しいな」

 

 シルバはメイドに茶が熱いと文句を言って下げさせるとふて寝を始めたビアンカを、扉の入り口からちらりと様子を眺め呆れていた。

 

「えー?でも美人じゃん。スタイルも抜群だし。可愛いは正義じゃない?俺は何とか口説き落としたいけどなー」

 

 オルセーはへらへらと笑いながら兄に答えた。

 

「お前はどうしてそう見境がないんだ。聖女は仕事を終えたら帰る人間だぞ?

 それに性格的にキツくてワガママなところもあるし、派手好きで俺は苦手だ」

 

「ああ、兄さん大人しい地味な子が好きだもんねぇ」

 

「優しくて真面目で騒がしくない人が好きなだけだ。お前のように顔だけが基準の男と一緒にするな」

 

「失礼だな。体つきだって大事だよ。俺は胸とお尻が豊かな細身の子が好きなんだよ。今お気に入りはメイドのスリンだよ。彼女脱ぐとスゴいんだよ~?」

 

「どうでもいいそんな話は!」

 

 お堅いねぇ、と笑う弟を置いて自室へ大股で歩き出したシルバは、あのぐうたらしてる聖女とバカ弟と一緒に魔王討伐かと思うと頭痛がした。

 

 自分の剣の腕は実力だが、弟は母上におねだりしただけの剣術もお粗末なタラシ。

 聖女を落とす目的で付いてくるだけで全く役には立たない。

 

 確かに魔王を倒すには聖なる力は必要だが、力の持ち主もそれに応じた人となりが欲しかった。

 

 やることがないと文句を言ってるが、視察をして知識を深めるとか、選抜テストで見所ある奴を見極めるとかやることは幾らでもあるだろう。

 

 騎士団の隊長であるアーノルドも、本音は

 

「別にあちらから攻撃を仕掛けてくるまではとりたてて討伐とか考えなくてもいいのでは」

 

 と思っている事は態度で分かる。

 

 魔王だぞ?善悪で言えば悪だろうが。

 襲われてからじゃ遅いのに、国を守る人間がそんな考え方でどうするんだ。

 

 シルバは自分だけがちゃんと国の未来を思っているような気がして頭痛が酷くなるのを感じた。

 

「…………こういう時は鍛練に限る」

 

 自室へ戻ろうとした足をそのまま訓練場に向けて、久しぶりに参加希望者の相手でもするか、と腕をコキコキ鳴らして足早に歩いて行くのだった。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る