第11話

 ここにお世話になるようになってから2週間が過ぎた。


 白ちゃんとも交流を深め、イエスの時には急にジャンプされるとたまに私が驚くので、ちょっと縦長に伸びてくれ、ノーの時にはびろーんと横に広がってくれるようになった。


 もう仲良しの友達と言ってもいいだろう。



「よし、と。白ちゃんご苦労様。掃除は終わりよ。今日も頑張って働いてくれてありがとう。はい、ご褒美。また明日もよろしくね」


 私がクッキーを何枚か頭(?)に載せると、プルプルと喜んで、ぴょろっと伸ばして腕のようにした触手を上げてどこかに戻って行く。


 白ちゃんは一体どこに住んでいるのだろう。仲間同士で暮らしているのだろうか。


 部屋で厨房に行く為に着替えながら、私はふと考えたが、まあミステリアスなところも魅力的なので聞かない事にした。



 ファンタジーが好きとは言ってもあくまでも空想的なもの、作り物やお話の1つとして好きなだけであった私は、思ってたほどここの生活に戸惑いがないのに自分でも驚いていた。



 スライムは見た目が愛らしい球体、というかまんじゅう型だし恐ろしさなどはなかったが、流石に頭や体が獣とか昆虫、爬虫類となるとちょっとダメかなぁと思っていた。


 だが、人間は意思疏通が図れるのであれば意外に何とかなるもんだと実感した。


 普通に喋ってるし、見た目はともかく話の内容を聞いてると普通のおっちゃんやお兄ちゃんやお姉ちゃんやおばちゃんなのである。


 周りの人間と変わらない見た目の人と普通に会話してるのを見ると、変に自分だけ怖がるのもバカらしく思えた。


 厨房でも仕事をするようになって、お城で働いてる人ともそれなりに会話をするようになって、(何だ、魔族も魔力があるだけのたまに変わった見た目の人もいる人間じゃない)と言う考えに落ち着いた。



「しっかし………痩せないわねぇ………」


 コックコートを羽織って自分の体を見下ろす。

 朝早くから午後まで立ち仕事で働いてるのに何故だ。


 まあ体重計というのがないのでハッキリとは言えないが、ボンボンボンな体型は変わらないように思える。


 ただ、日本で仕事をしている時に感じていたストレスがこちらでは全くないので、肌荒れもなくなり髪も艶々になったのだけは認める。



「でも、厨房で料理したら味見しない訳にもいかないしなー………」


 その後ちゃんとご飯を食べるのがいけないのだろうか。でもご飯は食べるからこそ作る楽しみがあるのだ。


「………まあ時間はまだあるわ。体を動かしてカロリーを使うしかないわね。仕事を増やすのもいいかも」


 切り替えの早い私は、そう呟くと厨房へ向かうのだった。



※   ※   ※



「今日は麻婆豆腐丼と中華丼のダブルメニューにして、お客さんに選んで貰いましょう!」


 やはり、ここ2週間色々とランチを出して見て思ったが、辛いものは概ね受けがいい。


 ただ、ちょっと辛いだけでいい人とパンチの効いた辛さを求める人とそれぞれなので、私はオリジナルラー油を作って、コショウや塩、醤油や粉にした唐辛子と一緒に各テーブルに配置する事にした。

 お好みで使って下さい、という事である。


 今まで不思議な事に調味料や香辛料をテーブルに置くという、日本の飲食店ではポピュラーなスタイルがなかったようで、出されたモノをただ食べていただけのようである。


 利用者も、最初は恐る恐るといった感じの使い方だったが、慣れてしまえば便利この上ない訳で、各々が塩を足したりラー油をかけたりと好みに合わせて使ってくれるようになった。


 そして、何故か仕事が休みの人も、いつの間にかランチ時には城の食堂で食べていく人が増えたので、毎日かなり混雑するようになった。


「町に出てもこんな凝った珍しい飯は食えないからなあ。最近昼メシが楽しみで楽しみで!」


「夜メシも結構美味いモノが出るようになったもんな。やっぱ食事は大事だなー」


 という有り難い声も聞こえるようになった。


 夜は流石に私は手伝っていない。

 週に5日の昼ごはんだけだ。

 それ以外の日は私のレシピを元に、チーフやサブチーフが作っている。


 厨房の人は勉強熱心で、少しずつオリジナリティも求めだしたようである。


「キリさん、この野菜の代わりにこっちを入れても美味しいように思いますが、試してみても良いですか?」


「豚肉でなく牛肉を使うのはどうでしょうか?」


 メモを片手にチョイチョイ質問に来る事も多い。最初は丁寧に答えていたが、あまりにも頻繁なので、


「チーフたちが好きなようにアレンジすればいいのです。失敗したら次に活かせばいいでしょう?

 料理なんてものはフィーリングなんですから、私の手を離れたらそれはチーフたちのオリジナルレシピなんです。

 良かったら試作品が出来たら食べさせて下さい。お互いに工夫した料理から自分のレシピに応用出来るよう高め合いましょう!」


 と好きにやらせることにした。

 保守的な人たちも変われば変わるものであるが、彼らはプロなのだ。いずれ私のアマチュアレベルの技術などはサクッと追い抜いてくれることだろう。

 日々のご飯も段々と美味しくなってきたし、今後が楽しみである。



「………今日の、ランチメニューは何だろうか?」



 そして、何故かレルフィード様がふらりと厨房に顔を出すようになったのも変化の1つだろうか。


 初めて現れた時はチーフたちが固まったが、何度も現れたらそりゃ慣れる。


「本日は麻婆豆腐丼と中華丼というご飯モノのどちらかお好きな方になります」


 私は野菜をザクザク切りながら答えた。


「マーボー………チューカ………。そうか」


 またふらりと消えていく。


 相変わらず微妙に視線は合わないが、レルフィード様が少しずつフレンドリーになっているようで嬉しい。




 あー、そうだ。

 お願いしたい事があったんだ。

 ランチの時に頼んでみよう。



 私は忘れないよう頭の隅にメモをしておいた。




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