第10話

【レルフィード視点】


 私は朝から面倒な仕事を片付けつつも、チラチラと時計を気にしていた。


「レルフィードよぅ、ソワソワされると俺も落ち着かないから止めてくれ」



 幼馴染みのジオンは、親しいヤツだけの時には呼び捨てにする。


 別に普段の時でも様は要らないと言ったのだが、「下へのケジメ」として必要だからと頑なに変えようとはしない。


 ジオンの方が190歳と16ばかり年上なので、どうにも落ち着かないが、まあ20年近くも在位してれば、それなりに世の中の仕組みについては理解している。



 魔族は寿命が人間より長い。


 平均寿命は300年から400年。長い魔族で500年近く生きているじい様もいるが、見た目は人間の30代ぐらいである。


 成人である100年を目安に変化がかなり緩やかになるのは魔力の質が原因とも言われているが、魔族はぶっちゃけその辺は考え方がゆるい。


「まあ年取るの遅いなら体力仕事するのも楽だし良いんじゃね?」


 とジオンが以前言っていたが、大概の魔族も同じような考え方である。


 魔力量が多いだけで王位に就いてるものの、よぉし戦って領地をどんどん拡大するぞ~、などと言う飽くなき野望とか面倒な思いは一切持っていない。


 国の魔族たちも、「平穏が何より」と言い、戦いは望まない平和主義者が殆んどである。


 せっかく普通に生きてたら長生きできるのに、何でワザワザ戦って寿命減らすの?バカなの死ぬの?という考えである。


 


 読書をこよなく愛する私は、国内外からありとあらゆる本を読みあさるのが空き時間の至福の過ごし方である。


 ただ長年の読書好きのせいで、変に知的好奇心だけは刺激されて、やってみたい事は多々あるのだが、私と王位を変わってくれるような魔族が現れない。


 波風立たない暮らし最高~!というゆるい国民性から、


「魔王になっても働いて食べて寝るの変わらないし、そんなら変に責任がのしかかるより今のまんまで良くなーい?」


 という流れになるようで、ここ数十年待ち望んでいた『退位』して『のんびり本を読んで、実験したり出来るような研究者になる』という密かな夢は、実現の気配すらない。


 まあ、そうは言っても長い寿命で暇をもて余すのか、働くのが大好きと言う真面目な魔族が多いので、税収は高値安定といったところだし、魔王の仕事といっても領地の視察、橋や道路の整備、害獣の退治や治安の管理などで、それほど難しいものではない。


 恐らく人間の町でいう町長とか市長とか、そんな感じの、実質は雑用係に近いのではないかと思う。


 滅多にない外交などが発生した際に、形だけでも責任者は置いとかないとまずいよなー、程度の役割なのだ魔王なんてものは。



「お腹が空きましたわね………」


 シャリラが整理していた書類の手を止め、クンクン、と匂いを嗅いだ。


「さっきから何だかとても美味しそうな匂いが漂ってきて困りますわ」



 そう。


 きっと食堂の厨房でキリがせっせとランチを作っているんだと思うが、甘いようなスパイシーなような香ばしいような、何とも嗅覚を刺激する匂いが少し前から会議室の中にまで流れてきており、それもソワソワの原因の1つである。


 本来なら、ジオンもシャリラも自分の執務室で仕事をしている時間なのに、何となく食堂に近い会議室に仕事を持ち込んで作業しているのも、匂いに釣られているせいに違いない。


 かくいう自分もそうなのだが。


「そろそろ、時間かな」


 時計を見ると、少し早いがランチタイムと言ってもいい時間である。


 ジオンもガリガリとサインをして、トントンとまとめると、私が後で目を通すモノとシャリラが見て処理する書類に分けた。


「うわ~俺は腹へった!すんごい減った!

 混む前にさっさと行こうぜ!」


 と立ち上がって私とシャリラを促すと、食堂へ向けて背中を押すのだった。



◇  ◇  ◇



「あ!レルフィード様、ジオン様にシャリラ様!そちらのテーブルにお掛け下さいませ」


 キリが騎士団や文官に水を運びながら、手を伸ばし入口のすぐ横のテーブルを指差した。

 『予約席』と書かれた紙が置かれた丸テーブルにジオンたちと腰を降ろす。


 食堂では既に20人程が席を埋めており、かなりの勢いで飯を掻き込んでいた。


「お嬢ちゃんコレお代わりあるのか?」


「餃子ですか?大丈夫ですよ~チーフー餃子1人前追加でー!!」


「俺もだ!」

「あ!すまないけど僕も」

「私も」


 「はいはーい、チーフ訂正でーす。餃子4人前追加でーす!」


「悪いが姉さん、この鳥の手羽先のお代わりは?」


「あー、すみません!鳥のパリパリ揚げは御1人様3本までしかご用意ないんです。次回は多めに用意しますね~」



 キリがメイド服でくるくると忙しそうに働いていた。前から働いていたのかと思う程に馴染んでいるのに驚いてしまう。


 厨房ではギョーザ追加だー、パリパリ揚げまだかー、などと活気のある声が飛び交っている。


「お忙しいのにありがとうございます。

 ランチすぐにお持ち致しますね」


 すまなそうに水を運んできたキリは、私たちに頭を下げた。


「………いや、別に構わない」


「美味そうな匂いだな。楽しみにしてるぜ」


「お腹ペコペコなのよ私!」


「お好みに合うといいのですが。少々お待ち下さいませ」


 再度頭を下げて下がって行くキリを見ながら、私は


「………彼女は、特に異形の魔族を怖がらないんだな」


 と呟いた。



 8割以上が人間と同じ見た目だが、数は少ないながらもスライム系や植物系、爬虫類系、獣系などの魔族もいる。


 現に、今ガリガリと鳥の骨までかじっている騎士団の男は、顔が黒豹で黒い体毛が身体中を覆っているのに、キリは普通に笑顔で対応していた。


「ホワイトスライムを『白ちゃん』と呼んで一緒に掃除をしてる奴だぞ?今さらだろ」


 ジオンが笑った。


「いやだが、スライムは別に見た目はそんなに恐ろしくはないだろう?獣人系は流石にアレじゃないか?」


「人は食べないって教えてるからでは?キリは自分でも割と許容範囲のストライクゾーンは広いと思う、って言っておりましたし」


「結構な事じゃねえか。ずっとビクビクされてても困るしさ」


 そんな事を話している間に、キリがプレートに載ったオカズとスープ、ご飯を運んできた。


「本日のランチは餃子と言う挽き肉や野菜を包んで焼いたモノと、手羽先のパリパリ揚げ、玉子スープとご飯です。餃子はまだお代わりはありますが、手羽先は1人3本までです。辛いものがお好きなら気に入って戴けるかなと。

 それで、こちらは皆様だけの追加特別メニューでコーヒーゼリーです。

 食後に召し上がっていただくと口の中がすっきり致します。ではでは」


 フフフ、と笑いながら頭を下げると、


「キリさぁん、ギョーザ上がりました~!」


 との厨房からの声に、


「はいはーい!ただ今~」


 と早足で戻って行った。


「とりあえず匂いでヨダレが出そうだから食おう。すぐ食おう」


「そうね!」


 私もゴマの香ばしい匂いとタレの艶やかな照りに思わずツバを飲み込んで、手羽先を1つつまむ。


 周りの様子をさりげなく見て、これは手でつかんで思いっきりかじるんだと判断する。

 なるほど、だから手拭き用に濡れたナプキンが添えられていたのか。


 納得しつつ、かじる。


「………っっ!」


 コショウのかなりスパイシーな香りにゴマの風味が引き立って、ただの鶏肉がすごいご馳走に変化している。


 コショウの付き方を見るとかなり辛いように見えるが、醤油と砂糖の甘みが刺激を緩和してくれるのか全く噎せることもなく食べられる。

 パリパリとした食感も鶏肉の表面の脂っこさを感じさせなくて、あっという間に3本を完食した。


「美味しいわぁこのギョーザ!このラー油を酢醤油に使うとまた格別ね。

 ………やだ太りそうだわぁ食べ過ぎて」


 シャリラが普段の少食から考えられない勢いでギョーザとご飯を食べていた。


「………む」


 慌てて手拭きで手を拭い、ギョーザをシャリラの言う酢醤油とラー油につけて食べる。


「ああ、美味いな………」


 中の薄味のついた細かい具がいい感じに混ざりあって、タレに絡む。

 ご飯と合わない訳がなかろう。


 私はそれほど食事に熱意がないと言うか、栄養だけ摂れればいいという考えだったので、出てくるモノを食べるだけだったが、食べる、という行為がこんなにも美味しく楽しいモノとは思わなかった。


 前回のスープでも思ったが、キリは料理に特別な才能があるのかも知れない。


「うんま。メチャうんま。

 おーいキリ~!俺ギョーザお代わりな~!」


「あらズルいわ。キリ、私もね~!」


「むぐ、わ、私もお代わりを!」


 まだ口に食べ物が入ってる状態で口を開くとはなんと品のない。

 少々反省するが、シャリラやジオンもお代わりするのだ。私だってもっと食べたい。


「かしこまりました~!ギョーザ3人前追加でーす」


 少し離れたところから手を上げて厨房に注文をするキリは、満面の笑みを見せていた。

 皆が沢山食べてくれるのが嬉しいのか。



 人と言うのは可愛らしい生き物なのだな、と感じたのは、生まれて174年経って初めての事だった。




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