第9話

 翌日。



 私は白ちゃんと早めに執務室と風呂場の掃除を終わらせると、部屋に戻ってメイド服を脱ぎ、用意してもらった赤地のバンダナキャップと動きやすいストレッチタイプの黒パンツ、エプロン代わりにもなるコックコートに着替えると早足で厨房へ向かった。



 厨房へ入ると、チーフ、サブチーフ、その下の年若い見習いなど総勢10人ほどがずらりと並んで私が来るのを待っていた。


「すみません遅くなりまして」


「いえいえ、他にお仕事もされているのですから当然の事です。

 ところで、本当に見習いにも教えて下さるのですか?大変ではございませんか」


「いえ別に。料理なんてみんなで創意工夫してやれば上手くなるもんですし、私は教えられる期間が限られていますから、その間に少しでも多くのレパートリーを伝えられればいいのです。

 そこから国王や臣下の方の好みも把握したり、好きな料理を増やせればラッキーと言う事で、皆さん一緒に頑張りましょう!」


「「はい!」」


「で、例のモノは入手出来ましたか?」


 私はチーフに尋ねた。


「鳥の手羽先と、豚の挽き肉に、………えーと、ニラとネギと強力粉と薄力粉ですよね?

 私には何に使うのかサッパリですがこちらで宜しいでしょうか?」


 チーフが冷蔵庫から出してきたものを見てニッコリ微笑んだ。

 手羽先も見た目は日本にあるものとほぼ同じである。まぁ若干大きめな気がするが、色つやを見ても新鮮でとても美味しそうだ。


「OKです。それじゃやりますか。………ところで、お城で働いてる方は何名ぐらいいらっしゃるんですか?」


「城の警備は3交代制で、各70~80人程度だったかと」


 ちょっと人数の多さに一瞬ひょえぇぇ、と若い女にあるまじき声が出そうになったが、それでも普通の人間の住む王宮などではその倍以上はいるらしい。



 まあそれなら尚更のんびりしてはいられない。


「それでは、皆さんのお昼ご飯に間に合わせるため、チャッチャと働いて下さいね。

 はいまずお湯沸かして。

 メガネのお兄さんは強力粉と薄力粉を1対1でボウルに入れて。人数多いから結構な量だけど、こんだけ人がいれば楽勝でしょう。

 ガッシリしたおじさんはニラとネギをみじん切りにして下さい。

 で、お湯沸いたら少しずつ粉に注いで耳たぶぐらいの固さになるまで混ぜて丸めて下さいね」


「はい!」


 兄さんたちが一斉に作業にとりかかる。


「チーフとサブチーフは手羽先をやって欲しいです。あ、でもまずタレを作らないとな。ゴマありますか?」


「白ゴマで良ければございます」


「問題なーし。そんじゃ、時間もないですしパパっと説明しますよ~!

 はいメモ準備!!作業中の人は後からメモ見せてもらってね!手は止めないでね~」


 ばっ、と胸元から小さなノートとメモを取り出した兄さんたちに、私は説明する。


「今日のランチメニューは【焼き餃子】と【手羽先のパリパリ揚げのピリ辛甘辛ソース】それと【玉子スープ】です!」


 皆がメモを取り出したので、ゆっくりと話しながらでっかいボウルに挽き肉をどかっと放り込んだ。


「はいここで塩コショウ振ります。軽くでいいですよ、どうせ食べるときはラー油とお酢と醤油使いますから」


 軽く、といっても量が量なので結構入れたけど。


「そして、みじん切りにしたニラとネギをどーんと入れます。香りづけにショウガとニンニクも刻んでどーん。

 はいそこの2人、手をよく洗って」


 手を洗って戻った2人に、


「挽き肉と野菜がしっかり混ざるまで捏ねて下さい。これが焼き餃子のタネ、つまり中身になります。好みでキャベツのみじん切りにしたのを入れても美味しいですが、我が家はシンプルに肉以外は大量のネギとニラだけでしたので今回はそれで行きます」


 言いながら、皮を作るためのボール状になった生地の固さを見て、


「うん、いい感じ。これは少し生地を馴染ませるため15分位置いときます」


 と言いながら、鶏ガラで出汁を取っていた鍋に向かう。


 味見をする。


 塩を振り味をととのえると、


「玉子スープの玉子は固まっちゃうと喉ごしが良くないので、ギリギリになってからですね。ボウルに溶き卵をよろしくお願いします」


「はい」


「それで、と」


 別の大きなボウルに砂糖や醤油、みりんやお酒などを入れて、甘辛のベースのタレを作って見せる。


 お皿に少し入れて皆に味見をしてもらう。


「なるほど、ちょっと甘めなんですね?」


「と思いきや………ここから粗挽きコショウをどーーん!と追加します」


 皆が驚く位の量をぶちこんだ。

 これは名古屋の方で食べたピリ辛手羽先が余りにも美味しかったので、母さんと味を研究した我が家のオリジナルだ。

 辛いけど止められない。


「はい、これも味見」


 淀んだ色に変わったタレに少々怯えながらもチーフが真っ先に口に入れた。


「おお!かなりぴりぴりするけど、予想してたより全然イケる!」


「でしょ?これを軽く加熱して、手羽先に絡めると美味しいんですよまた」


 ゴマをまぶして熱した油でどんどん手羽先を揚げていく。ゴマはなくてもいいが、やはり香ばしさが違うのだ。


 フライパンでタレを熱すると若干とろみが出るので、パリパリの手羽先にざっと絡める。


「はいどーぞ。手はちょっと汚れるけど洗えばいいし」


「頂きます」


 作業をしてない人に熱々を皿に盛って食べてもらった。


「………っ!うわっ美味しい!すんごく舌がビリビリしますが、辛すぎて食べられない程じゃないし、甘辛いタレが中和しますね!

 また食感がパリパリで幾らでも食べられそうだ」


「本当に美味しいです!コショウの香りも食欲そそりますね!」


「それは良かったです。チーフ、タレの配合する調味料の分量はメモしてますね?」


「大丈夫です」


「じゃ、サブチーフがゴマつけて揚げていく、チーフがタレを作って絡めて行く、という流れ作業でお願いします。1人2、3本は楽勝で食べられると思うのでじゃんじゃんランチで食べそうな数を揚げて下さい。これは冷めても美味しいですから。

 ………あ、希望者だけですよね?じゃあそんなにやらなくてもいいかな。今日はチーフが作るランチは何にするんですか?」


「いや、普通に肉焼いてご飯とコーンスープでもと思ってましたが、キリさんの食事の方が絶対美味しいですから、作らない事にしました。みんな同じ食事を出しましょう。ガンガン作りましょう!そうしましょう!」


「いいんですか?好みとかあると思うんですが………」


「問題ないです。ああ、焼き餃子も早く味見がしたい………」


 チーフは食べるのが本当に好きらしい。

 でも若手の人たちにも好評なので、今日はいっか。


 皮の方も、小さく丸めたのを麺棒で薄く伸ばすやり方を説明し、タネを包んで閉じ、焼いて、酢醤油にラー油を垂らしたのを出してこれもまた味見をしてもらった。


「………中の肉汁がじゅわぁぁっと………こんな食べ方があるんですねぇ………今まで食べてた飯は何だったんだろう………工夫すれば肉1つでも色んな食べ方があるってのに、ただ焼いて塩コショウとか醤油かけて食べるだけとか」


「俺たちはなんて勿体ない事を………」


 いや、そこまで反省したり感動されるモノではないんですが。一般家庭のご飯ですから。


「味にうるさい皆さんの口に合うならば、昼の休憩に来る人たちにもひどい文句は言われないでしょう。

 じゃあ、どんどん餃子を包んで焼いて、手羽先も揚げてきましょう。タイムイズマネーですよ」


「「「はいっ!!!」」」



 何だかみんなとてもやる気オーラが半端ないですな。結構なことでございますだ。



 さあレルフィード様たちが来る前に頑張らねば。


 私は餃子の皮を作るマシーンとなり、働いてる皆さんにも美味しく思ってもらえたらいいけれどなー、と願いながらひたすら麺棒でぐりぐりと生地を伸ばして行くのであった。



 


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