第8話

「………あの、実はですね、折り入ってお願いがございまして」



 私は会議室にいたレルフィード様、ジオン様、シャリラ様の前で膝をついて土下座の体勢になっていた。


「ちょっとキリ、やめなさい女の子が土下座なんて!」


 シャリラ様が慌てたように私の身体を起こす。女の子、って年ではないのですが。



「私の国では真剣なお願い事は土下座スタイルが主流なのです」


 私はシャリラ様にそう言うとそっと支えてくれている手を外した。


「真剣なお願い事?

 掃除はもうやりたくないとか?別にいいのよスライムに任せればいいんだし」


「いえ、掃除は白ちゃんもいますし、全然苦ではありませんのでいいんです。

 実は、厨房の方から料理指導の依頼がありまして、皆様の食生活の向上のためにも是非にと受けてしまったのです。

 先にレルフィード様たちに許可を頂かないといけなかったのに先走ってしまいました。

 何卒お許し頂ければと思うのですが」


 私もつい師匠と弟子ごっこ感覚でうっかり了承してしまったものの、現在の雇用主はレルフィード様である。


 勝手に仕事を受けてしまうのはまずいわよね、と今さらながら社会のルールを思い出し、このボディーには苦しい正座でお詫びしつつ、許可を貰いに来たのである。


 別に悪さをする訳ではないのでいいとは思うのだが、自分の知らないところでコソコソやってると思われて気分を害されても困るのだ。



「べ、別に構わないが………その、仕事が増えて大変ではないのか?」


 相変わらず余り目を合わせてくれないレルフィード様だが、口調には思いやりを感じる。


 ボスはいい御方である。


「俺たちは全然構わないし、むしろ有り難いんだけどな?キリはそんなに働く必要もないんだぞ?ゴロゴロしててくれてもいいんだ本当は」


「ジオン様、私をこれ以上太らせてどうするつもりですか。帰るまでに少しダイエットもしたいので、ゴロゴロするのは休みの時だけで結構です」


「いやー、まあキリがそう言うならいいけどよ。つくづく変わってるなお前」


 ジオン様はおかしそうに私を見た。


「普通です。いや体型は普通ではないですが中身は平凡な普通の人です。

 そこで、なのですが」



 どうせなら、料理を教えついでに皆様の嗜好も探りたい、だから週に5日、昼食だけでいいので、暫く味見がてら私の国の料理を食べて貰えないだろうか、と私は打診した。


「もちろん、好みではないモノが出る場合もあるかと思いますが、そこは1つ、私が元の日本に帰った後でも気に入った食事は食べられるようにするためと言う事で是非とも協力して頂きたいのです。

 お城のコックの方々のレパートリーを増やしてもらうという目的もありますので、皆様にもメリットはあるのではと思うのです」



 たまに美味しそうだと思うのだけ食べる、と言うのではなく、甘いの、酸っぱいの、辛いのなど、色んなパターンの味つけを試して見て、魔族の皆さんが苦手なものや美味しいと思うのを試行錯誤で見極めていきたい訳である。


 ついでにお三方の好みも把握して、レルフィード様には後日好物だけでお詫びをするつもりだ。



「ただ、厨房で働いてる方もですが、お城で働いている方々にも試しに食べて頂いた方がいいのではという事で、とりあえずランチタイムだけですが、希望者に私の国の料理を出してみる事になりましたので、私が執務室に運ぶというのは難しくて」


 出来たら食堂まで食べに来てくれるか、他のメイドさんに取りに来て貰うようお願いしたいのだと伝える。


「キリ、あなた自分が帰った後の事まで考えてるの?日本人はなんでそんなに働き者なの」


 シャリラさんは呆れた眼差しで私を見た。


「いえ、単に私が貧乏性なだけです」


 どうせなら、1粒で2度美味しい方がいい。

 ただ食事を作るだけでは何の発展もない。



「………分かった。私は食堂に行こう」



 黙って聞いていたレルフィード様が、重々しく頷いた。


「本当ですか!ありがとうございます!」


「レルフィードが………レルフィード様が行くんなら俺も行くよ。シャリラはどうする?」


「私も食堂に行くのは構わないわ。でも、皆に気を遣わせるんじゃないかしらね」


 うーん、確かにトップ3が食堂に現れたらビビるかも知れないな。


 どうすべきか、と私も頭を悩ませる。


「何回か行けば、慣れるだろう。私たちも、たまには、働いてる者の声も聞かねば」


「あら、レルフィード様が珍しくアクティブな発言を。では、仰せのままに」


 シャリラさんが妖艶な笑みを見せた。

 美人はどんな表情をしても美人である。


「まあ、ずっと緊張されるようなら、食堂の隣の部屋で食えばいいだろ」


 食堂の隣は8畳位の更衣室だ。確かにテーブルはあるけどなあ。偉い方が食事する所じゃないわ。


「ああ、じゃ、予約席という事で、食堂の入口のすぐ左にある丸テーブル押さえておきますから、そちらで召し上がって下さい」


 流石に社長や部長が隣に座られてご飯を食べたりしてたら、私も食事が喉を通らない気がするし、テーブルは別の方がいいだろう。


「分かった」


「りょーかい」


「悪いけどよろしくね」


「かしこまりました。では明日からよろしくお願い致します」


 私はお辞儀をすると会議室を後にした。



 さて、明日からちょっと忙しくなるけど、いい食材も使い放題だし、楽しみだぞー。



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