第6話
厨房に戻ると、空の鍋やガラスの器に盛った杏仁豆腐の残骸を見て、チーフ含めて絶望的な顔になっていた。
いや、私も食べられなかったんですよ。
もうお腹がペコペコだ。
「もう一度、多めに作りますので………皆さん食べますか?」
と聞いたらみんな強く頷いたので、自分の遅い昼ごはんと厨房のお兄さんたちのためにスンドゥブチゲ風スープを作り、杏仁豆腐もベースを作りバットに流し入れる。
「私たちも頂くのですから」
とエビの皮剥きやアサリの殻取り、魚の骨取りまで総出で手伝ってくれたので、さっきより全然楽だった。
「皆さん割と辛いのは平気ですか?」
「刺激のある辛みのある食べ物は、大概の魔族は好物です」
なるほど。香りに引き寄せられてたのはみんな辛いのが好きだからなのね。
頭の隅にメモをする。
ペペロンチーノとか、タバスコがあればピザとかグラタンとかに多めに振ったりするのも好みかも知れないわね。ふんふん。
食べ物の好みが合うと言うのは、不思議と好感度が上がるものである。
猫好きが猫好きと出会い、初対面でもフレンドリーに語らえるようなものだろうか。
魔族の方と言っても別に普通の人と変わらないし、仲良くやっていけそうな気がするな。
私はニコニコとこの国の食料事情や料理情報の収集などをしながら、明日からの生活に少し安堵するのだった。
※ ※ ※
翌日は早起きして食堂で朝食を食べた。
トーストとスクランブルエッグにオレンジジュース、と言う人間でもごく普通のモーニングセットである。
執務室3つと大浴場の掃除ならば、先に使うであろう執務室を片づけてから風呂場でしょう。
ついでにお風呂、というかシャワーでもいいから汗を流させてもらって、昼食を作らねば。
床は掃除しなくても大丈夫だと乳白色のスライムを助手につけてくれた。
どうやら床のチリやホコリなどのゴミは、この子が食料として食べてくれるらしい。
私は棚なんかのホコリを落として、白ちゃん(勝手に名付けた)に食べてもらってる間にテーブルや窓ガラスを拭く程度である。
レルフィード様の執務室を掃除しながら、
「スゴいのね白ちゃん。世のため人のため………ん?魔族のためかしら………ゴミをせっせと食べて床を清潔に保ってくれるなんて、なかなか出来る事じゃないわよ」
と白ちゃんを誉め称えた。
会話が出来る訳ではないが、こちらの話している事は分かるらしい。
ぷよんぷよんと動いて桜色になったので、照れているのだろう。シャイで可愛い子である。
「いいのよ照れなくて。立派なお仕事だもの。ーーさて、窓拭きも終えたから、ジオン様の執務室に行きましょうか」
少し洗剤を溶かした水が入ったバケツを持ち上げると、汗を拭いながらも、白ちゃんのお陰で思ったより楽かも知れない、と感謝しながら廊下を突き進む。
ジオン様の執務室もシャリラ様の執務室も思った通り手間はかからず、ものの1時間で言われた3部屋の掃除は終えてしまった。
大浴場は、常時温泉のように湯が湧き出ているので浴槽は定期的に浄化されるようになってるらしいのでいいと言われている。
やるのは床磨きと、石鹸やシャンプー、リンスなどの減っているモノの補充である。
まあ便宜上シャンプーだのリンスだの自分で言ってるだけで、原材料も知らないのだが。
髪の汚れを落とすもの、髪を傷めないよう保護するもの、とだけ聞いている。
白ちゃんが脱衣室の床掃除をしてる間に、こちらは風呂場の床をブラシでしゃかしゃか磨いていく。
白ちゃんは水気の多いところはダメなようで、決して濡れている所には入って来なかった。
「白ちゃん水が苦手?だったらちょっとだけ弾んでみて」
と聞いたら、ぽーんと30センチぐらい飛び上がった。意外と簡単な意思疏通は出来るものだわねえ。良かった良かった。今度聞きたい事はイエスノーで答えられるものにすればいいんだわ。
白ちゃんのヘルプがないなら自分でやるしかない。
液体の補充と石鹸の交換をして、汚れを落とす粉(クレンザーもどき)を撒いて無心にブラシを使ってると、汚れも取れて気持ちいいし、汗もかいて働いたー、と言う感じがする。
スッキリしたところで、後は女性用の大浴場で終わりかー、と背筋を伸ばしたところで、カラリ、と引き扉が開いて、腰にタオルを巻いたレルフィード様が入って来て、私の姿を認めた途端に固まった。
まあ私も年頃の娘なので、目のやり場に困る。筋肉質のいいお身体ですな、と思いながら頭を下げた。
「申し訳ありません、時間がかかりまして。
今掃除が終わったところですが、えーと、お背中でもお流ししましょうか?」
「しっ、しなくていいっ!」
すごいスピードで風呂に飛び込んだレルフィードは、
「だ、男性の方はいつ誰が入ってくるか分からないから、や、やらなくていい。
女性用の方だけやれと言われなかったか?」
シャリラさんの言葉を思い出した。
そう言えば、何かそんな事を言ってたような気がする。白ちゃんが手伝ってくれるお陰で余り仕事をした気分になれなくて、無意識に仕事を増やしていたのだろうか?
これは痴女と思われたのではないか。
せっかく少し話してくれるようになったレルフィード様も、変態女だと思われたら終わりである。
「あの、私は変態とかでなくてですね、真面目に職務を遂行しようとした結果のラッキースケベであって、決して覗きをしたいとか邪な気持ちで掃除をしていた訳ではないのです。信じて頂けますか」
湯船に浸かっているレルフィード様に近寄って冤罪を晴らすべく言い募る。
「わか、分かったからそれ以上近寄るな!
私がメイドを連れ込んだみたいな状況になってるだろうが。早く出てくれ!」
言ってる側から、カラカラ、と2人連れのガタイのいい人たちが話しながら入ってきて、一時停止して私とレルフィード様の方を見ると、「ごゆっくり」と言いながら、巻き戻しをしたように戻っていった。
「バカ待て違うっ!違うんだーーーっ!!」
絶叫するレルフィード様を見ながら、今日はお詫びにレルフィード様の好きなお食事を作ろう、と謝りながら静かに浴場を逃げ出したのであった。
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