第5話

【レルフィード視点】


 キリがいい匂いのする食事を持って、シャリラの部屋に入ってきた時、私やジオンまでいるのを見て驚いていた。


 あまり物事に動じない割に、コロコロと表情が変わるのが面白い。


「えーと、あの、何かまだお仕事中でしたか?何なら出直しますが」


「いいのいいの。もう仕事は終わりよ。お腹空いたわ私」


 シャリラが手招きをした。



 実は、キリの対応をどうするかで話し合いをしていたのだが、結局は、


「どちらにせよ本人が働きたいって言ってるんだし、聖女が勇者とかを引き連れてこの国に魔王討伐に現れるまではする事ないんだから、好きにさせればいいんじゃない?」


 という、シャリラとジオンの見解が一致して現状は様子見となった。



 一応、魔王とは言っても無駄に魔力が多いだけなので、実務を一手に引き受けているジオンやシャリラの方がよほど王たるに相応しいと思うのだが、それを言うとジオンは、


「レルフィード様はレルフィード様の長所があるんですよ」


 とバッサリ切り捨てられる。


 本当にそんな長所が存在するのだろうか。



 ………しかし、それにしても美味そうな匂いである。



「キリがね、自分の世界の料理ご馳走してくれるって言うのよ。ついでにレルフィード様とジオンも食べて行けば良いじゃない」


 というので何となく居残っていたが、人の女性と殆ど話した事などないし、隣の国などで前に話しかけた際に、魔族と分かって怯えられ、殺さないでくれと泣かれたのが結構トラウマなのである。

 確かに背も高いしゴツいし少々コワモテだと自分でも思うが。


 魔族は人を食べる訳でも無ければ、殺戮を好む種族でもない。8割以上は人と同じ姿で生態もほぼ同じだ。それに長生きする種のため、平穏に生きる事を望む者が殆どだ。

 むしろ人の方がよほど争い事を好んでいると思うのだが。


 そんな訳でどうにも苦手意識が抜けず、変に怖がられたくもないので、気を遣って視線もなるべく合わさず、会話も最小限に留めるようにしているのに、ジオンやシャリラは普通に話している。


 何となく腹立たしい。




「えー、私の家でよく作っていた料理で、辛い豆腐のスープと杏仁豆腐です」


 急いで私たちの分の器を追加で取りに行ったキリは、盛り付けながら説明をしてくれた。


「杏仁豆腐はスイーツです。食後のデザートなので先にスープをどうぞ」


 前に置かれたスープの芳しい香りが、空腹だった事を思い出させた。


「………ああ」


 シャリラは早速スプーンを取り、スープを飲んだ。私もスプーンを取り、具を掬う。


 魚介類が色々入っている中に、野菜や豆腐も入っているという変わった組み合わせの赤みを帯びたスープである。


 そっと口に入れると、強烈な刺激のある辛味と、魚や貝の旨味が喉を下りていく。あまりに美味しくて驚いた。


「………キリ、すっごく美味しいわ!特に辛さだけじゃないスープのブイヨン?これ最高ね。

 びりびりとしながらも、ただ辛いだけじゃないところがまた何とも言えないわ!クセになりそう」


「超うめぇなこれ。いやー、匂いからヨダレ出そうだったけど、味も予想以上だわ」


 ジオンもシャリラも褒めながら食べ進めるという器用なところを見せ、お代わりまでしているので、なくなると困ると私も急いで食べる事に集中した。


 言おうとした褒め言葉は全部使われてしまったので、他の言葉が思いつかなかったというのもある。


「そうですか。良かったです。ちょっと辛すぎたかと思いましたが………………あの、レルフィード様は大丈夫ですか?辛くないですか?」


 急に話を振られてむせそうになった。


「………ああ、丁度いい」


 おい、丁度いいって何だ。


 他に洒落た言い方があるだろう、風呂じゃあるまいし。自分の会話のセンスのなさに目眩がした。


 だが、キリは全く気にした様子もなく、


「ありがとうございます」


 と頭を下げた。


 スープを2杯ずつ食べた。

 アンニンドーフというつるつるして、ほんのり甘酸っぱいスイーツというのも、いくらでも食べられそうなほど美味だった。


 隣の国でもいくつかレストランは入ったが、こんな美味しいモノを食べた事はない。


「………あちゃ、殆ど残らなかった………仕方ない、また改めて作るか………」


 と独り言を呟いて、


「それでは失礼しますね」


 と食器を集めて頭を下げた。


「キリ、お願いがあるの。また、キリの国の食事を作る時には私の分もお願い出来ないかしら?スイーツというのも私の好みにドンピシャなのよ。あ、辛くないモノでもいいわよ?」


「あ、俺も頼む!美味かった!」


「わっ、」


 ここは黙っていてはいけない、と私も声を上げた。


「出来たら、私の分もっ………頼めるか」


 


「かしこまりました。ではまた作らせて頂きますね」


 笑顔で執務室から下がったキリを見送り、


(良かった………またキリの作る美味しいものが食べられる………ちゃんと頼めて良かった………)


 と私は内心気分が浮き立っていたため、



「………ほぉーん………珍しいな………」


「レルフィード様から話しかける努力をしてるのなんか、久し振りに見たわ」


 とコソコソ話している2人の様子には全く気づいていなかった。




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