第3話
「………ふぉぉぉ………」
私は翌日の朝、受け取ったメイド服に腕を通しながらファンタジーの世界を実感していた。
どう見ても入るわけないMサイズだった可愛らしいメイド服が、自分の身体に合わせて広がり、これまた動きやすくキツくもない絶妙のフィット感になったのである。
「この便利素材が日本でもあれば、太って買い直すという不経済から一般庶民を救うのに!」
サイズが変わらなければ買い直す必要もない事はキリの頭の棚の上の方に封印されている。
肩に届くほどしかない癖のないセミロングのボブヘアにブラシをかけ、ヘッドドレスを着ける。
「うん………何の役に立つのかしらと思ってたけど、やっぱり飾りだったわ。どうも孫悟空のような気持ちになるわね」
ひとまず黒地のロング丈のワンピースにレースのついた白い襟、袖口も白でエプロンも白、レース素材の白のヘッドドレスを変身アイテムとして装着したキリは、期待を込めて姿見の前に立った。
………うん、まあ薄々分かってたと言うか、予測通り激変する訳もなく、色合いと丸みのある身体がパンダを思わせるが、働いて痩せれば、萌え萌えきゅん♪とか言っても許して貰える程度にはなるかも知れない。
人間は希望があれば意外と頑張れるものである。
27という年齢での萌えきゅんはかなり痛いモノがあるが、日本では10や20サバを読むのがデフォというウォーターな商売もある。20だと言い切る27など可愛いものだろう。
ボンボンボンのボディーがボンキュッボンになる事を夢見て、1つ高笑いでもしようかと思っていたら、ノックの音がして昨日のメイドさんではなく、ゴージャスでファビュラスなプラチナブロンドの美女が入ってきた。
メイド服ではなく、黒のパンツスーツのような格好で、出来るキャリアガールといった感じである。20代前半くらいだろうか。170㎝はありそうで、腰の位置が私の胸に近い。
大変羨まけしからん方である。
「貴女が聖女と同じ国から召喚されたと言うキリ?」
「聖女さんとは面識ないんですが、そうらしいですね」
「何と言うか………とても………興味深い体型をしてるわね。顔は悪くないと思うけど」
「初対面から歯に衣着せぬ感想ありがとうございます。
まあ見苦しいとかデブが伝染(うつ)るから近寄るな、とかのエッジの効いたご意見よりかなり発言にお気遣い頂きましたようで、こちらこそ予想外な感じで申し訳ありません。
そこまで美人さんですと、ツンデレ発言と言うか、『汚染されるから同じ空気を吸わないで頂けるかしら。どなたかこのゴミ片付けて下さる?』位言われても仕方がないところですが、お優しいんですね」
「な!?美人って!………と言うか貴女そんなこと言われてたの?そちらには紳士はいないの?」
おや。むしろ心配されてしまった。
「いえ、一部のやんちゃな男女ぐらいですよ?
お姉さんぐらい美人の前なら大概は紳士淑女です」
「キリは意外と辛い思いをしてたのね………」
美人さんは私の頭を撫でると、
「私はシャリラ。この城で働く魔族の管理者をしてるわ。キリにメイドの仕事を教えるように言われたの」
と微笑んだ。
おう。美人の笑顔、プライスレス。
目の保養をさせて頂きました。
「そうですか。お手数かけますが頑張りますので、これからよろしくお願いいたします」
「任せてちょうだい。じゃ、こちらへ」
へいへいと言われるままに城の中を歩き回り、魔王様やジオン様、シャリラ様の執務室の掃除と浴場の掃除が主な仕事だと説明された。
「廊下とか化粧室、寝室や他の部屋なんかは専用のスタッフがやってるから必要ないわ」
いえ、言われたところだけでも結構な広さですけど。
「かしこまりました」
休みはとりあえず2日働いて1日、3日働いて1日という感じで、疲れが溜まらないように考えてくれたらしい。
「もう時間もお昼だし、明日からでいいわよ」
「ああ、そうでした!ちょっと伺いたい事が」
「何?」
「私は料理が趣味なのですが、たまに自分の為にご飯やスイーツを作らせて頂くのは可能ですか?」
シャリラは不思議そうな顔で、
「スイーツというのはよく分からないけど、別に厨房にある食材は何でも使って良いわよ?
人タイプの魔族は人間と食べるものは基本一緒だから、そんなに驚くような食材がある訳じゃないけれど………」
「いえ、驚くような食材は要りませんので!
ごくごく普通の野菜やら肉、魚とかで充分ですし、スイーツ………甘いお菓子を作るのに砂糖や小麦粉や果物などを使わせて頂けると有り難いんですが」
「構わないわ。それじゃ厨房も案内しないとね」
案内された厨房は、私の部屋として使わせて貰ってる部屋からすぐ近くだった。
何と言う幸運。
丁度大食堂で提供される時間帯ということで、かなりバタバタと皆さんが働いていた。
シャリラさんはかなり偉い立場のようで、みんなの手を止めてまで私の事を紹介してくれた。
「大事なお客様だし、好きに使っていいそうよ。今からでも使う?端の3つのコンロは使ってないみたいだし」
今作ってるメニューはと眺めると、これまた昨日と同じような肉料理。サイコロステーキと付け合わせはマッシュポテト。ライスとコンソメスープっぽいモノが皿にどんどん盛られている。
「………お言葉に甘えて、よろしいですか?」
と恐る恐る尋ねた。
実は私は肉も嫌いではないが、昨日も肉、朝もバターたっぷりのトーストに厚切りのベーコン焼いたのが出てきた。昼間っからガッツリ食べたくはない。
魚介類が欲しい。
許可を貰って冷蔵庫を覗いて見ると、本当に普通だ。
ジャガイモやキノコなども日本で見たのと同じだし、エビや小さなカニ、アサリみたいな貝、白身魚に鮭など新鮮そうなモノがざっくざくである。
そらそうか。お城の人たちが食べるんだものね。
そして、何故か山のように詰められた鷹の爪が、ビニール袋に入ったままゴミ箱に捨てられていた。
「お城の方は、辛い料理はお嫌いなんですかね?」
私の家ではみんな母親の影響で辛い料理が大好きだ。
キンピラも鷹の爪が沢山入ってるし、スンドゥブチゲなどもよく作っていた。
麻婆豆腐など、わざわざ台湾で売ってるニンニクや干しエビなどの豊富な具材と調味料と潰した唐辛子が混ざっている、恐ろしく辛いけど美味しいラー油を使っていた。
ただ辛いだけでなく、色んな素材の出汁がいい感じだった。
台湾に単身赴任してる父が帰る時に必ず大量に買って来てくれて分けて貰っていたが、あれが食べられないのは切ない。
まあ半年の辛抱だけど。
「………え?これ乾燥した草じゃないの?辛いの?
先日、隣の国に調査でお忍びで行った時に食べたスープがピリピリ辛くてとても美味しかったから、その国の商人にこっそり同じの作れるよう材料を頼んだんだけど、こんなの送ってきたから馬鹿にしてると文句を言うつもりだったの」
まあ見た目は確かにカラッカラのドライフラワーみたいなもんだけども。
「ちょっと失礼して」
1つ割ってみる。
種もポロポロ出てきて、まんま唐辛子のように見える。小さく千切って口に含む。
おう。ビリビリ来た!オッケー唐辛子!
「そうですね。私の世界でも辛みをつけるのに使ってたのと同じようです。うーん、スンドゥブチゲ行ってみるか………シャリラ様、私の国の辛いスープ、飲んでみますか?お口に合うか分かりませんけど」
「………飲んでみたいわ」
「かしこまりました。ちょいとお待ちを。
出来たら執務室にお届けします」
「分かった。楽しみにしてるわね!」
絶世の美女がウキウキと厨房を出ていく。
これからお世話になるし、何だかんだいって昨日のジオン様といいシャリラ様といい、世話好きのいいお人である。
ついでにスイーツの何たるかも教えるべきだ。あれを知らないのは人生の損失である(当社比)。
私はフフーン♪フフフーン♪と鼻歌を歌いながら鍋をコンロにセットし、水を注いで火を点け方を教えて貰うと、冷蔵庫からご機嫌で食材を選び出すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます