第2話

 目を覚ますと客室と思われるフカフカのベッドの上だった。


 身体の凝りもほぐれてたりなんかして、気絶と言うかまぁ結果的には惰眠を貪った形になっていた私だったが、目覚めるのを待っていたかのようにノックの音がして、「食事の支度が整っている」とメイドらしき女性に案内され大食堂へやって来た。



 30分後。



「………と言う訳でな?まあ隣のバッカス王国の召喚した聖女って言うのがどれほどの力を持ってるかわかんねえんだけど、同じ世界から来てもらった人間が居れば、聖属性の魔法を使われても力が相殺されるんだよ………モギュモギュ」


「まあ仰ってる事は概ね理解できるんですけどもね。それと婦女子を合意もなしに拉致するのとはまた話が別だと思うんですよ。

 ………すみませんこのミネストローネみたいなの美味しいですね。お代わり頂けますか?」


「口に合って良かった。すぐ持って来させる。

 いや、ウチのボスがちゃんとバッカス王国との話し合いが終わったら元の時間に元の場所に帰すって言ってるじゃんか。

 むしろ無料バカンスご招待みたいなもんじゃねえかなと思う訳だよ俺は」


「招待してくれと頼んだ覚えはありませんが。まあ見解の相違ですね。

 いえね、私の世界にも異世界の話なんかは物語で割とありましてね。ある程度の………まあ創造の産物ですけれど、人外さんへの理解はあるつもりです。

 魔族と聞いて、人の生肉や生き血をすするようなアグレッシブなタイプでなくて良かったとは思うんですけどね、バカンスはちょっと言い過ぎじゃないかと。

 頂いておいて何なんですけど、夕食のメニューがスープと焼いた肉、ロールパンのみってバカンスの風上にも置けない雑な構成ですよ?

 バカンス様に土下座して謝罪して下さい。

 第一スイーツはどこですかスイーツは。バカンスにスイーツは必須なんですよ。乙女はスイーツは別腹と言うのが世界常識なんですよ」


「来て早々にぶっ倒れた割りに立ち直りが早いなアンタ。スイーツって甘いモノか?果物ならすぐ用意するが」


「アンタって言わないで下さいよ。私には橘(たちばな)希里(きり)という親に貰った大切な名前があるんです。

 まあ母にも良く『希里はテンパる状況になるほど腹が据わるわよねえ』と言われましたが、もう起きてしまった事を今更どうこう言っても仕方ないですし、ちゃんと五体満足で帰れるのなら文句は言いません。

 果物以外のスイーツがないなら果物をお願いします。渋々ですよ渋々?

 ………ところでそこの黙ったままの、えーと、レルフィード様、でしたか」


 あのジオンに一歩も引かないと言うのはすごいなーなどと内心で感心しつつ、話を聞きながらもそもそと肉を食べていたレルフィードは、急に自分に話を振られたので思わずビクッとしてしまった。


「な、なんだろうか?」


「勝手に呼び出したのはレルフィード様ですよね?まだ私は何の謝罪も受けてませんが」


「あ、えーと、済まなかった。だが、一応召喚基準は、その、あったんだ」


 少しビクビクした感じでボソボソと話すレルフィードを眺めながら、まるで私の方が虐めているようではないか、と少し声のトーンを落とした。


「召喚基準とは?」


「我々のような人間でない種族にも理解があって、その場から居なくなりたいという強い思いを持っており、それなりに人とのコミュニケーション能力が高いという条件を付けた。

 それに、その、ちゃんと同じ時間に帰れると分かればそんなに辛くはないかな、と」



「………はあ………」



 あの映画館に居たくなかったのは事実だが、日本から居なくなりたいとまでは思ってなかったぞ。


 まあタイトルだけで深く考えずにろくに調べもしなかった私の自業自得な面もあるので強く反論は出来ない。



「………ぶっちゃけ別に誰でも良かったけども、どうせなら泣き暮らされるより、違う世界にいきなり来ても、雑草のようにタフで物事に順応力がありそうなタイプが良かった、というお話で概ねよろしいですか?」


 私は恐らく牛肉と思われるステーキを切り口に運ぶ。牛肉だと思えば柔らかくて美味しい牛肉である。

 世の中には深く掘り下げない方がいい事もある。


 私はファジーな状況を是とする人間だ。

 


「いや、でも、それだと身も蓋もないと言うか、その」


「私の認識は間違ってますか?」


「………いや、ほぼ間違ってない」


「良かったです。

 まあ聖女とかで召喚されても何にも出来ませんからね。ごく普通の会社員ですから。

 ………ではですね、お願いがあるのです」


「な、なんだ?出来る限りで希望に沿うように善処する」


 レルフィードは人間嫌いなのだろうか。

 先程から全く視線が合わない。


 まあ一番偉い魔王だと言うし、庶民な私と話すのもプライドとか許さないとか、そう言う感じかも知れない。


 だが私への気遣いは感じるので不快ではなかった。


「あのジャングルの奥地にしか生えない食虫花のような髪色の方が、実際に聖女たちと出会うのは半年位は先だと言ってましたけど、それまで私は何をすれば?」


「いや、寛いで、周りを散策するとか………」


「おいアンタ、誰が食虫花だ。ジオンという立派な名前がある!」


 赤毛の兄さんがガバッと立ち上がり私を睨んだ。


「アンタ呼ばわりからキリに呼び名が変わってからもう一度教えて下さい。

 それでは、仕事らしい仕事と言うのは無いんですね?」


「あ、そう、そうなるか、な」


 私はコーヒーらしきモノを運んできたメイドに御礼をいい、口に含む。


 ………うん。多分コーヒー。

 黒いし、香ばしいからきっとそうだ。

 私の知るコーヒーの味とは異なるが、そこから先の思考は遮断した。


「私は貧乏性なので、何もしないで過ごすのは2日が限界です。

 半年も何もしないでいいとか頭がおかしくなるので、働かせて下さい」


「………は?」


「力仕事は難しいですが、メイドとかどうでしょう?あの制服とても可愛いので、是非とも着てみたいですし………出来れば、スイーツを作らせて頂ければ有り難いのですが。スイーツのないまま暮らすのはもっと無理なので。

 ただ私のサイズに合うメイド服があるかと言う最大の問題をクリアしないといけないんですけども」



 そう。162センチ65キロのグラマラスボディにだ。ぽっちゃりと言うのもおこがましい、まごうことなきおデブにである。



 以前はこんなに太ってはいなかったのだが、人間27にもなれば仕事のストレスでスイーツをどーん、失恋を癒すためにスイーツをどーん、と食べられる財力が備わってしまった。


 結果、頼みもしてないのに脂肪も備わってしまった訳だが、丁度いい。


 こちらの世界にいる間に少しダイエットして帰ろう。半年もあれば10キロやそこらは痩せられるような気がする。

 働くのも苦ではないし、メイドなら身体も使うだろう。

 持っている服で、大分着れなくなったものが増えてきていたし、異世界ダイエットと言うのもアリだろう。



「いや、メイド服は着た人間の動きやすいサイズに自動で調節されるから平気だけどよ、アン、………キリは、それでいいのか?」


「何がですか?………えーと、食虫………赤毛の方お名前をもう一度伺えますか?」


「今食虫花って言いかけただろ!ジオンだ!ジ・オ・ンーーー!!」


「叫ばなくても聞こえますよ。それで何がですか?」


 私は届けられたブドウらしきモノを美味しく頂きながら聞き返した。

 果物はいいわね。

 見たまんま果物って分かるから安心感があるわ。


「いやだからさ、ワザワザ別の世界に来て仕事するの?もっとこう、国を見物したりとか、遊びたいとか色々あんだろうよ」


「イヤですね。何も週7日働くとは言ってませんよ。あれ、ここは1ヶ月何日ですか?」


「35日だが」


 1週間は7日で同じ。

 35日が1ヶ月。かける10ヶ月で1年らしい。

 そうすると聖女がやってくる半年後というのは5ヶ月先と言う事か。なるほど。


「1週間に2日お休み下さい。その際に近所にお出かけしたり、せっかくなのでこの国の人間以外の方々と交流を図りたいと思うのですが、どうでしょうか?

 あれですか?人間なんか殺しちまえ的な話し合いが通じないタイプとか居たりしますか?」


「いや、普通の獣の方がおっかないと思う。

 基本大人しい奴らばかりだから」


「それはそれは助かります。

 で、まあたまにお出かけした時に買い物出来る位のお小遣いを頂ければ。

 そんなに悪い条件でもないと思うのですが。仕事は真面目に働きますよ。1日8時間」


「いや、キリがいいなら別にいいけどよ。なぁレルフィード?」


「………好きに、すればいい」


 私は立ち上がり、深々とお辞儀をした。

 雇用主との関係は円満にせねばなるまい。

 拉致られたと言う事は置いといて。


 これから半年もお世話になるのだし、無事に日本に帰して頂くためにもいらん摩擦は排除しておくべきである。



「キリと申します。これから聖女の件を片付けるまでの間、どうぞ宜しくお願いします」


「………あ、ああ。よろしく」



 余り饒舌なタイプではないが、魔王様はバリトンのいい声である。好きな俳優さんの声に少し似てる。


 慣れてきたら私のような人間とももう少し会話してくれるかも知れない。




 私は、これからのメイド生活が何やら楽しみになってきた。





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