4 大志万歳

【4 大志万歳】


 あの子と一緒になれないかもしれない。それじゃ謝れない……否、パンツが見れないじゃないか!


 心臓の鼓動が激しい。単語帳なんてやってられるか! 白状します、白状します――謝りたいとか言ってたけど、その時の僕の頭の中はピンク色の、その子のパンツ一色でした。謝りたいとか、フッ……そんな大義名分とはおさらばさ。


 悲しいサガよ。ひとりの男子高校生たる自分が。腐っても思春期。ルーティーンだのA型人間だの、いくら見栄え良くレッテルを貼っても、剥がしてみれば皆同じ。理性無くしては皆獣なのです。ああ……パンツが見たい。


 僕は持っていた英単語帳を無意識に落としてしまっていた。見上げると、冷たい電車の天井しか見えなかった。今日も、階段の下からあの子のパンツが見たいなぁ。


 人間って天の邪鬼だよね。たとえばさ、「今からゾウを想像しちゃダメだ」って言うと、君は嫌でもゾウを想像するでしょ? 古今東西の神話の世界だって、禁忌タブーは破られるためにある。


『無理矢理な禁止や不可能は、よりその人の欲求や行動を刺激し強固にする』

 え、誰の言葉かって? ごめん、今僕が考えました。


 それから少しして、電車は動き出したけど、はっきり言ってあんまり記憶が無いんだ。うまく言葉に出来ないけど、一瞬が一生に、一生が一瞬に感じられるほど、僕に流れる時間は狂っていたから。でも狂っていようと、ただひたすら時間だけは気にしていた。まるで、時限爆弾を解除する警察の部隊みたいにね。


 はたしてパンツは見れるのか?

 雨に打たれていようが、電車が遅延していようが、僕には希望があった。希望だけは捨てちゃいけない。電車から降りてダッシュすれば……もしかしたら。ある種の願望だったのかも。あの子のパンツが見たい! 


 その信念は忘れず、ひたすら願っていたのさ。ひとりの男子高校生のサガが生んだ大洪水の中で、通学電車という方舟に揺られながら――



 駅には5分の遅延で到着。

 たったの5分。されど5分。なんたって、パンツが見えるのは一瞬。刹那の奇跡ミラクル


 扉が開くと同時に飛び出す。予め陣取っていた「pole position」。絶好の「位置」から見事にスタートダッシュを決めた僕は、一目散に階段へ。え、ルーティーン? いつもホームで買ってるミルクティーのこと? そんなものいらぬ! なにがルーティーンだ、バカヤロウ!


 今日もホームには僕ひとり。改札を出たらすぐに階段がある。たったの数十メートル。魔鬼を倒した後に囚われたお姫様を奪還する勇者のように駆けた。

 その時の僕は無限に走れそうだった。フルマラソンだって、42.195kMを全力で駆け抜けそう。

 

 パンツが見たい。ピンク色の、あの子のパンツを。


 やがて、その淡い桜色の夢を抱きながら、ついにその階段へ到着した。ドキリとしたよ。まさか、奇跡は起きてくれた。その階段にはあの子がいて、昨日みたいに階段を登っていたんだから。


 ドキン、ドキン――走った後のせいか、心臓の鼓動が激しい。

 強い憧れが具現化した、ただの幻かとも思った。でも、何度見返しても、その階段にあの子はいたんだ。まるで僕の到着を待っていたみたいに、ゆっくりと、一歩ずつ階段を登っていた。


 ドキン、ドキン――いや、違う。走ったからじゃなく、諦めかけていたあの子が今日も目の前にいるからだ。


 正直泣きそうだったよ。

 なんだか報われた気がした。僕という人間の大半を占めるルーティーンを捨てても希望は持ちつづけた甲斐があった。桜色の女神様は微笑んでくれた。


 何も考えず、闇雲に突っ走るのも悪くない――そんなことを考えながら、僕は深々と一礼をしてから、まるで黄金のように光輝く階段を登った。


 そして見上げた。昨日、あの子のパンツが見えたくらいのところで。長い長い、桜色の旅はようやく終わる……はずだった!


 心臓の鼓動がみるみる小さくなっていく。反対に、背中に一筋の冷や汗が流れた。制服のスカート。その下は今日も確かに見えた。でも、絶望――だって見えたのは、あのピンク色のパンツではなく、だったんだ!!

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