3 ルーティーン 

【3 ルーティーンなんて言ってられない!】


 なんとか間に合った。時間ギリギリで、いつもの電車のいつもの車両に滑り込めた。駆け込み乗車は絶対ダメだけど、神様、今日だけはどうか見逃してください。すべてはあの子に謝って、僕の犯した罪を償いたいんです。


 サラリーマンたちが僕の方をチラチラ見てくる。きっと、ずぶ濡れだったからだと思うよ。我を取り戻した僕は、英単語帳を取り出したんだ。それもびちょびちょだったけど……。こういう時こそ決まったルーティーンがあれば、心を落ち着かせられるし、エンジンをかけるきっかけになる。


 えっと、昨日の続きはって具合で単語帳を開く。今日は、「P」のからだ。


 P、P、p……パンツだ! 違う違う、「position」は「位置」とか「立場」だ。しっかりしろ! 次は「positive」……パンツだ!!


 なにが「ポジション」だ。僕の今の「立場」も知らないくせに。それに今は「ポジティブ」な気持ちなんてなれやしない。


 ダメだ、なんでよりにもよって今日は「P」のページなんだよ。こんなんじゃあの光景を想像しちまう。分厚い雲海に隠された高嶺の花の如く、灼熱のマントルに沈む一粒の金剛石ダイヤモンドの如く! どれだけ固くて分厚い鉄壁で封印したところで、あのピンク色の存在は無理にでも僕の記憶に光をす。


 よこしまな気持ちは無いんです。ただ謝りたいだったんですよ。たぶん……。


 今日だけは違うページにしようか相当悩んだよ。まるで魔鬼まっきから逃げ隠れる場所を探すみたいにさ。いっそ、今日はもう英単語帳を読むのは止めようかとも思ったよ。でも、それじゃあ受験までに立てた計画が狂ってしまう。葛藤だよね。このままルーティーンを続ければ、心の魔鬼に見つかってしまう。反対に、止めてしまえば僕が何よりも大切にしていたルーティーンを壊してしまうことになる。ルーティーンは僕の大切なアイデンティティーなんだから。


 そうやって夢中になっていたからなんだろうね、まったく気がつかなかったんだよ。僕が乗っていた電車が、


「……雨による安全点検のため、現在運行ダイヤに乱れが生じています。お急ぎのお客様にはご迷惑をお掛けしますこと、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございません」


 なんで?

 淡々とした車掌の詫びのアナウンスは、冷徹で、無慈悲な声だった。


 その時でした。はっきりと聞こえました。僕の心のかんぬきが、魔鬼によって強引に開けられた音が。精一杯、一所懸命に塞き止めていたのに、そのせいで僕の本心したごころ――何かが洪水のようにどっと溢れてきたのです。


 遅れる? バカ言っちゃいけない。これじゃあ、あの子のパンツが見れないじゃないか! 

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