2 上の空

【2 上の空】


 正直、その日の授業はまったく耳に入ってこなかったよ。


 やましい気持ちが無い! って言ったらウソになるけれど、ふとした時にフラッシュバックしちゃうんだ。……階段の下から見えたパンツがね。制服の紺のスカートからあらわになった、そのピンク色の。僕だって健全な男子高校生なんだから。べ、べつに開き直ってなんかないさ! 言い訳とかじゃなくて、自然と視線が行くと言うか、それは男子全員の悲しいサガだよ。


 このムラム……モヤモヤをどうすれば良いのか。罪悪感だってある。いや、本当だって! そして決意したんだ。僕は典型的なA型人間。人様の机の汚れも気になるほどの。


 言った通り、あの駅は人が少なくて、もしかしたら前にもその子と一緒になったことがあったかもしれないけれど、あの時間はほとんど僕しかいないんだ。

 でも、もしかしたら他にも見ちゃう人がいるかもしれないじゃない? 家に帰ってからもさんざん悩んだけれど、ちゃんと伝えようって。昨日はパンツを見てごめんなさい、階段を登るときは気を付けた方が良いですよ、って。



 次の日、僕は30分も早く目が覚めたんだ。いつもならアラームが鳴るまではベッドから出ないんたけど、なんだかソワソワしちゃって。目を閉じると、例の如くあのピンク色がチラついてさ。心臓もドキドキで浮わついてた。背伸びも、肩回しも無し。歯磨きも上の空で前歯ばかり磨いていたし、ひと口目の朝食のミルクも手を着けなかったし。そんな僕を見て、母さんはひどく驚いていたよ。熱でも出たのか心配するほど。

 頭の中はパンツ……謝ることでいっぱいだったから。


 テレビは母さんが着けてくれたよ。天気予報を見せるためにね。こういう日に限って雨なんだよね。窓の外はもうどしゃ降りで、どうして今まで気付かなかったんだろうってくらい、雨音がうるさかった。


 家も早めに出たさ。心配していた母さんは玄関まで見送りに来たよ。何か言葉を掛けられた気もするけど覚えてないんだ。


 駅までの道はひどく寒かったのはよく覚えてる。もうすぐ11月だし、雨はまるで滝のように降ってるし。そんな秋雨が、僕のやましい気持ちを洗い流してくれないかって考えたなぁ。ほら、良くあるじゃない? お坊さんたちが滝に打たれる修行。あれみたいに、僕の煩悩もキレイさっぱり消して欲しいって。


 うん……そうなんだ。そこで気が付いたんだ。あれ? 。どうやら傘を忘れてどしゃ降りの中を生身で歩いていたみたい。


 踵を返して慌てて家に戻ったよ。せっかく母さんが天気予報を見せてくれたのに。あの時、たぶん母さんは「傘を持っていきない」って言ったんだね。ずぶ濡れになった僕を見て、また母さんが何か言ってたけど、それは今でも本当に覚えてないんだ。きっと、「着替えなさい」とか「今日はやすんだら?」って言ってたと思うけど。


 でも、その日は必ず時間通りに登校しなくちゃいけない。階段の下、見上げた時に見えたあの子のパンツが今日も見たく……ちゃんと謝らなければならないっていう大義名分が、僕に渇を入れたんだ。おかげで我に返ったよ。こんなんじゃダメだ。女性の、それも同じ学校の女子生徒のパンツをみてしまった。これは僕の気持ちを整理するためでもある。だからこそ、今日もあの子に会わないと。再び、あの太ももの先にあるピンク色のパン……ちゃんと誠意を持って謝罪しなければ。


 そうして、僕は玄関にある傘だけ取って、すぐに駅に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る