<急> 妖精の騎士・上


早足はやあしで階段を上り終えると、屋敷の踊り場にある窓から俺は外をのぞいた。


森は焼け、白煙が立ちのぼっている。

炎群ほむらが映り不気味な程に赤く染まった煙が、夜の闇をおおう。

真夜中だというのに、この明るさだ。被害の規模は計り知れない。


数千にも及ぶ魔族と魔獣の軍団が、屋敷を包囲しようとしている。

近衛兵このえへいすらも前線に出ており、この屋敷には残っていない。

守護するのは青金石ラピスラズリ色のたいをなす古代竜エンシェントドラゴンと、妖気をまといし紫色髪の元魔王、、、


「ラピス……、ミイア……、後は任せたぞ」

俺は窓から目をそむけ、最上階にある大部屋を目指す。

魔族討伐の依頼主であり、この地の領主でもあるセリスを助ける為に。


大部屋に近づく度に魔素が強くなり、身の毛が弥立よだつ。

ゆえに、セリスを捉えている魔族が相当な強さであると確信する。

覚悟を決め、一歩一歩進んだ。


廊下には歴代の領主であろう肖像画しょうぞうがが並んでいる。

まるで俺をにらみ監視しているかの様な、領主達からの熱い視線を浴びる。


その内の一つに嫌なものを感じた。

だが、魔族が直ぐ近くに居る今は深く考えるべきではない。

思わぬことが隙へと繋がり、命の危機へと直結する。

――と。俺は不老不死だった。封印や行動不能にされる危機か。


大部屋の扉は開け放たれている。俺は扉の影より中の様子をうかがった。

黄色く長い髪が際立きわだち、まず目にとまる。

小柄で少女の様ではあるが領主のセリスに間違いない。

長いテーブルが祭壇のように使われていた。

その上に横たえられた彼女は、魔族にとっては食事だとでもいいたいのか?


左右で二つに束ねられた髪の隙間から、伸びる耳の先が尖っている。

受け継いだエルフの血、故であろう。

そして、食材と成り果てたセリス、その更に奥にはいた。


上位魔族。一ヶ月ほど前に俺が仕留め損なったに、よく似ている。

という事は、この襲撃は、――その復讐の為?


いな。この襲撃は、それ以前から周到しゅうとうに準備されていた様に感じる。

では奴の目的は何だ?



すると突然、魔力が膨張する気配を感じる。

俺は、直ぐに覗き込むのを止めた。


(くそ。気付かれたか!??)


だが、こちらへの攻撃はなかなかやってこない。

そこで、もう一度覗き込む。


天井まで伸びた赤き光柱こうちゅうが、テーブルの辺りに見えた。

セリスの衣服は、腹を中心に焼き切れ消失している。

光柱はその腹に描かれた魔法陣が放っていた。


よく分からん。

だが、これ以上、何かされては困る。俺は身をあらわにした。


「よお。食事中、悪いな。俺は短気なんでな。邪魔させて貰うぞ」


「キッ…、キサマ…ハ……」


「よっぽど、お前とは縁があるらしい」


「エン? ソレ…ハ、コノ娘ト、我ノ事デアロウ」

魔族はセリスを見つめ、あざ笑う。


「で、今度は何を企んでやがるんだ?」


「オカシナ事ヲ。我ハ、娘ノ先祖ヨリノ契約ヲ遂行シテイルマデ」


「ほう?」


「前魔王ノ封印ヲ助ケタノダ。オ前ラ人間ハ我々ニ感謝スベキ」




言葉の意味を考える。

前魔王、つまりミイア?? その封印を助けた?!!!


すると、勇者ごっこ、、、で鈍化していた感情が、沸々ふつふつと湧き上がる。


……怒り。

……いや、これはうらみ。


「おい。俺は気が短い。とっとと地獄ゲヘナへ落ちろ」


――嘆きの川よりラガディ エ ブオゥ アブハインナ イズ生まれし永久凍氷よエ デイグゥ レオータ マイレアンナチャ ア ズアン…………




「今度ハ効カンゾ、人間」


セリスの腹にある魔方陣が輝きを増す。

そして大量の魔素が魔族の元へと吸われていった。

それに伴い、セリスは気を失いながらも苦しそうな顔をする。


        ――地獄ノ亡者ヲ焼ベシ炎ヨブラシュ ナ マイルブー アンヌ アン イフリン ラサイル…………



(なに!? この屋敷ごと、消し飛ばす気か!!)

…………悲嘆せし忘恩の徒を糧とし顕現せよデアン ブローン アグス ノシダディ アイル ブナイト エアス フュウランガス――


    「「 悲嘆凍氷 コキュートス・ペルマフロスト」」



        …………一欠片ノ魂モ残サズ滅セヨデアン スグリオス アイル ガチ アナム デ ピヒオス――


                    「「 滅却業火 ディストラクション・ヘルファイア」」



地獄より飛来せし、凍氷とうひょう。そして、業火ごうか

大部屋が一瞬で凍り付き、それを炎が焼き払う。

氷が魔族を目掛け浸食すると、炎が迎え撃つ。


激しい衝突が起き、大量の蒸気が見えた。

――と、その瞬間、爆発が起きる。



あまりの衝撃に、俺の体は大部屋の入り口を越え、更には爆発で枠だけとなった窓を越え、中庭にまで吹き飛ばされた。


だがその後、直ぐに体は空中で静止した。

ミイアが俺を受け止めたからだ。


あるじさまも、猫のように飛ぶのじゃな?」


「冗談に付き合う暇はない。直ぐに下ろせ」


「せっかち、じゃのう……」

ミイアは着地する直前に、俺を地面に放り投げた。


「痛っ。もっと丁寧に降ろせ」


「急いでおるのじゃろ?」


「ああ。分かった分かった。 ミイア助かった。 あ、り、が、と、……う」


その言葉を聞き、ミイアは満更まんざらでもないという表情を浮かべた。



つづく

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