<破> 竜の巫女・下


俺は猫を振り落とさないよう気を付けつつ、広間の中央へと駆けだした。

中央に居る、、石像の元へと。


怨懟呪殺グラッジ・カース、無詠唱最小出力」


石像は、いとも簡単に砕けた。

この石化が呪いであるならば、解くのは俺にとって容易たやすい。



すると、瑠璃色の髪が視界を奪う。が出る前の空を見上げた時のように。

「勇者……アルド様? 嘘……、これは夢?」


「懐かしいな、そう呼ばれたのは百年ぶりだぞ。聖女ラピス」


ラピスは恥じらうことなく、俺に抱き付いた。

「おしたいしておりました。あの時死んだものと……」


震える声を発し終えると、俺の服は濡れていた。

だがそのみはあたたかい。

目頭からラピスの想いが流れ落ち、見つめ合った。

お互い自然と目をつむり、そして……唇を交わす。


「(んん? やけに毛むくじゃらだ。まさか、髭……?)

  ……って、これはミイアの肉球ではないか!!!!」


目を見開くと、猫のミイアの腕が俺の口を塞いでいた。

俺はその毛むくじゃらな腕を退しりぞける。


「ラピスよ。すまないが、お前を石化させた竜がまだいるのだ。

  俺が動きを止めるので、浄化をしてくれまいか?」


ラピスは俺の服を握りつつ、強く頷いた。



竜は恐らく、もう息吹ブレスブレス攻撃はしてこない。これは勇者としての勘だ。

牙で噛みに来るか? 爪で引き裂きに来るか? ――どちらかだ。


どちらか読み切る前に、竜は舞い戻ってきた。

炎で焼かれたはねには複数の穴が開いている。だが、魔力は全く落ちていない。


竜は口を開き牙を見せ、威嚇いかくする。予想通り、息吹ブレスは来ない。 


「爪か!」

引き裂きにきたその爪を、俺は大きくかわす。

そして、竜の大きなデカい図体に五重の魔法障壁をぶつけた。

防御魔法を制圧の為、攻撃に転用したのだ。

これにはさすがの魔王ミイアも驚いた様子を見せる。


亡霊竜ゴースト・ドラゴンの動きを完全に封じた。

「今だ!」


ラピスが浄化を試みると、竜は暴れた。

障壁魔法に更なる魔力を注ぎ、俺は懸命に抑え込む。


すると竜が動かなくなった。どうやら浄化に成功したようだ。

安堵あんどしラピスを見つめると、なんとその内に亡霊竜ゴースト・ドラゴンが存在していたのだ。


つまり、ラピスはかれている。

自らちかけた肉体を捨て、竜は新たな肉体へと憑依ひょういしたのだ。


「くそ! くそ! くそ!」

このままではラピスが魔物と化してしまう。


心配しているのかフードから出てきたミイア。

その顔を何か手は無いものかとすがる思いで見つめるも、ミイアは首を横に振る。


――魔物。――ミイア。――眷属。 ……まてよ? ……ならば!


≪ 眷属けんぞく盟約めいやく ≫

眷属化は人には不可能。だが魔物とり掛けているのであれば、話は別だ。


「許せよ……」

俺はラピスの唇を奪う。


「アルド様……」


俺はラピスに対し、ミイアと同じく【眷属けんぞく】とする盟約めいやくを交わした。

そうすれば、魔力の融通ゆうずうも利く。


「俺の魔力も使え。外に追い出すのではなく、一点に抑え込むイメージだ」


ラピスの額に魔力の凝縮された赤い結晶が生まれた。

自身を乗っ取ろうとした竜を自分のモノとした証だ。

封印や人柱などではない。乗っ取り返し、竜の力を取り込んだのだ。


「おい、やったな!」


「はい……。これもアルド様のお力があってこそ」


俺はそれまでの疲労からか、その場に座り込んだ。

「そうか、それは良かった。

  疲れているところ……すまないが、腕の石化をといてくれまいか」


ミイアは猫から人型へと姿を変える。

怨懟呪殺グラッジ・カースを使っては、不老不死が解けるやもしれぬからの」


「かしこまり……ました……」

ラピスは複雑な表情を浮かべて答えた。



腕の治療の間、俺は伝承との違いをラピスに問いただした。


「あの魔道士は、アルド様が居なくなった途端『俺の女になれ』と……執拗しつように。

  その挙げ句、亡霊竜ゴースト・ドラゴンが怖くて……私をこの場に置いて、逃げたのですよ」


「やはり子孫を根絶やすべきか。ろくな一族ではない」


そうこうしている間に、腕は治る。


「良かったの。主さま」

ミイアは俺に後ろから抱き付いてきた。背中に大きなモノが二つ、当たる。


「あら……。可愛い猫ちゃんだと思っていたら、泥棒猫だったのかしら?」

温厚そうなラピスが、明らかな敵意を剥き出す。


「ん? 妾と主さまは、ピーーまでいっとる。聖女如きが入る隙なぞないわ」

ミイアは更に背中にぐりぐりと押し当ててきた。


「ミイア、ラピスをからかうな」


「わ、私だって……そのくらい、できますけど!!」

ラピスは治療の済んだ左腕を胸の谷間に挟んできた。


「ほぉ……聖女だと思っとったが、とんだ淫乱女じゃ」

ねちっこくも雰囲気を込めて、ミイアはそう口にした。


「やめろ、ミイア。ラピスをそれ以上、刺激するな……」


「むっきぃぃぃぃぃぃぃいいいいぃぃぃ!!!!」



かくして、竜の力を宿した神の使いでもある聖女と、この世界の半分を支配していた元魔王による、女の闘いが幕を開けた。

大地はえぐれ、悲鳴を上げ。空は怒り、暗雲あんうん立ち込める。


竜と黒豹くろひょう


もし、どちらか一方でも眷属盟約をしておらず、制止することができなかったなら

――この世界は三日ののちに滅んでいたことであろう。


その後、ミイアには罰としてしばらくの間『猫石像の刑』が執行しっこうされた。

動かず喋らないミイアは、実に愛らしい。



つづく


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