<破> 竜の巫女・上


―― 巫女は自らの身を捧げ、自らを人柱として邪悪なる竜を封じた ――


   やがてそれは「竜の巫女伝説」として語り継がれた




「くそ! あの野郎、俺がる前に死にやがって……」


100年――。

外の世界ではそれだけの時間が経過していた。

俺を封印した魔導士ゲイル・ガイザス。奴への復讐の為、出てきたというのに。

50年、いや100年もの積年せきねんの怨み。

このうらみを、この怒りを、どうすれば良いのだ?


あるじさまよ、泣いておるのか?」


「泣いてなどいないわ。断じて」


わらわが慰めてやろう」


「よせ……。そういう気分ではない」


「良かったではないか? 既に死んでいる。……手間が省けた」


「そういう問題ではない」


「なら…ば?」


「わからん……。

  ――そういえば、あの吟遊詩人〝ヤツには子孫がいる〞と」


「あぁ、言っておったな。代わりに子孫を根絶やしにするのか?」


「悪魔のようなことを……。平気で言うのだな」


「そりゃそうじゃ。元魔王、、、じゃからの」


「まぁ、だがそれも悪くない。――よし、明日出立する」


「子孫を探すのかえ?」


「いや、もう一つの方だ」


「もう一つ?」


「あぁ、封印ノ勇者、、、、、ではない、もう一つのおとぎ話の方だ」






100年という歳月は世界を激変させた。

魔王が忽然こつぜんとして消えたがゆえ有象無象うぞうむぞうの魔物が統率なく蔓延はびこ混沌こんとんたる世界。




「この洞窟か?」


「間違いないじゃろ。異常な邪気が溢れておる」


胡散臭うさんくさい洞窟を進むと、開けた場所に出る。風を感じ、外からの光も感じた。

どうやら天井が吹き抜けとなっているようだ。

そして、その中心部に一つの石像があった。



勇者の俺は魔道士となり、この世界へと戻ってきた。

皮肉にも、俺を封印した魔道士が「封印の勇者、、」としてあがめたてられている。

既にこの世を去っていると知った。だが、それと同時にもう一つの伝承を知る。


――封印の勇者の仲間であった聖女さまが、古代賢竜エンシェントドラゴンを自らに封印したという。


竜の巫女伝説、その伝承の地を訪れている。



「あれが人柱の聖女さま……かえ?」

猫の姿のミイアは、俺のフードの隙間から這い出て頭を出す。


「どうやら来て正解のようだ。あれは俺のよく知る顔だ」


正面を見つめていると、頭上より邪悪なる気配を感じた。

「おいおい。どうなっている……。伝承と違うではないか」


「その様じゃのっ」

ミイアは白状はくじょうにも俺のフードの中へと隠れた。

古代賢竜エンシェントドラゴンが降ってきたからだ。



「「鉄の防壁アイアン・ベアリア」」

俺は竜の行動を先読みし、左腕を突き出して防御魔法を発動させる。


案の定、竜は息吹ブレスを吐いてきた。

だが、防御魔法で受けた際に違和感が生じた。


「おいおい。亡霊竜ゴースト・ドラゴンだろ、これ?

  りにもって、古代賢竜エンシェントドラゴン亡霊竜ゴースト・ドラゴンなのかッ!?」


羽ばたくことなく空中で静止し、竜は息吹ブレスを吐き続けた。

徐々に俺は左腕の感覚がなくなってくる。


「嘘だろ? 土属性の防御魔法だぞ!?」

防御魔法を突き抜け、俺の左腕が石化し始めたのだ。


「「風の衝撃エアロ・バースト」」

フード内からちょこんと顔を出し、ミイアが魔法を放つ。

息吹ブレスれ、どうやら俺は石像にならずに済んだ。


風は更に洞窟内の上昇気流と融合し、亡霊竜ゴースト・ドラゴンを一時的に外へと追いやる。


あるじさまは、魔道士としてはまだまだよの。

  あれは呪術に近い。良いか? 喰らうなよ」


「不意を突かれたからだ。言われるまでもない。二度と喰らわん」




【封印】・【石化】・【凍結】・【麻痺】・【昏睡】・【洗脳】・【毒】・【酸】

これらは不死の俺にとって、いわば天敵。

故に、封印された世界で対策をずっと練っていた。――復讐の為に。

100年の封印など、二度と味わいたくない。



石化している左腕をそのまま突き出し矢継やつばやに唱える。

風の護りエア・プロテクト」「石の城塞ストン・シタデル」「真空の盾ホロウ・シールド」「鋼の防壁スティール・ベアリア」「生命の水ライフ・ウォータ



「ほお? 防御魔法を5つも」


「いや、まだだ」


≪ 五重障壁化 ≫


防御魔法を重ね合わせ、一つの魔法障壁として融合させた。


「さすがは、我があるじさま。魔道士としても一流じゃ」


「直ぐに手の平を返すのだな……。肉球が可愛いのは認めるが」


わらわが可愛いとは、いことを言いよる」


「そこまでは言っていない……が?」



猫の世話をしている間に亡霊竜ゴースト・ドラゴンが戻ってきていた。

かなり憤慨ふんがいしているようだ。直ぐに息吹ブレスを吐かず、こちらを睨み付けている。


「キイイイイイイイイぃぃぃぃぃ!!!!」

その図体とは裏腹な甲高い奇声が、洞窟内を走り抜けていった。


俺は腰を低く落とし、身構える。そこへ竜の息吹ブレスが襲ってきた。

どうやら、五重障壁は巧くいった。石化せずに耐えている。


ならば、今の内に攻める!!



――地獄の亡者を焼べし炎よ、ブラシュ ナ マイルブー アンヌ アン イフリン ラサイル一欠片の魂も残さず滅せよデアン スグリオス アイル ガチ アナム デ ピヒオス――


  「「 滅却業火 ディストラクション・ヘルファイア 」」


地獄ゲヘナより召喚せし炎が、亡霊竜ゴースト・ドラゴンを襲う。

その灼熱は五重障壁をも越え、広場の空気までも熱した。


竜は羽を広げ、炎を消そうと暴れ出す。

体を洞窟へと擦り付けるも、それくらいでは消えない。

耐えかね、炎に焼かれたまま飛び立っていった。



五重障壁は健在で機能していた。

それにもかかわらず、左腕の石化が悪化している。ひじの辺りまでの感覚が無い。


「おかしい。効いていない」


「だから言ったであろう。……呪術に近いと」


「おかしい。聞いていない」


「やれやれ……」


亡霊竜ゴースト・ドラゴン滅却業火ディストラクション・ヘルファイアが効かぬとは……。

  聞いていないぞ……これでは倒すすべがない」


ミイアは何故か、呆れたという素振りをする。

「まぁ、あるじさまの怨懟呪殺グラッジ・カースは、動いているモノには不向きじゃからな」


俺は静かに頷く。


「リスクを取って掛けるかえ? 動きを封じている最中さいちゅうなどに」


「そうだな……。リスクは取る……。

  だが、まずはロー・リスクでハイ・リターンから試すさ」



つづく


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