第6話 死んだ彼女と大事なお願い

「……それで、行くところってここか?」


「そうだよ。目的地はここ、わが叔母が経営する病院です」


 ふふんと、鼻を鳴らして自慢げに紹介する光。

 目的の駅から歩いて数分、住宅街の中で一際存在感を放つ白い建物。個人的に、いい病院の条件として雰囲気が明るくあることをあげる俺としては、ここはまさにいい病院というやつだと思う。

 早川リハビリテーション病院と書かれたそこは、まあ名前から分かる通り、患者のリハビリを目的とする病院なのだろう。


「で、どうすればいいんだ俺は?」


「……ある男の子、優太君の、リハビリを手伝ってほしいんだ」


 男の子、というワードに少し反応しながらも、光に言われたとおり受付へ向かう。

道すがら、元気いっぱいに外で遊ぶ子どもたちを眺めていると、光が「あっ」と声を上げる。そのまま子供が遊ぶ用の柔らかいボールを持ってぼーっとしている小学校低学年くらいの子に向けて、紹介するように手を広げる。


「この子が優太君です」

「……」


 分かってはいた。分かってはいたのだ。先程からの流れで、というか「君」づけで、最初からなんとなく理解は出来ていたけど。


「―――子供じゃねえか⁉︎」


「あれ~?どうしたの?私が自分の知らない男と親密な仲なのかなって心配した?小学生くらいの男の子って分かって安心した?」


「お前今日晩飯抜きな」 


「ひどいっ⁉︎」


 それとこれとは別である。

 最初から明らかに分かってやっていたし今回は完全にこいつが悪いと思います。学級裁判なら情状酌量の余地なしだ。

 ひとしきりぶーたれて、自業自得な不満を吐きまくったあと、光はぼーっとしている男の子―――優太くんに、悲しげな視線を向ける。


「あの子はさ、交通事故でご両親を亡くしちゃってて。その事故の時に優太君も一緒に乗ってたんだけど、両親から抱かれるように守られてたおかげで、重症ではあったけど死なずにすんだらしいんだ。

だけど、それがきっかけであの子を守ろうとして死んだ両親は、自分のせいで死んだって思い込んでる。私はその誤解をなんとか解かなきゃいけなかったのに、結局自分が死んじゃって」


「だからその子の面倒を最後まで見てあげたい、って?」


「まあね」


 そのまま「付き合わせてゴメンね」と笑った光は、俺の手を両手で取り自分の胸の前まで持っていく。


「だから、改めてお願いするね」


「いや、そんなの」


 そんな改まって恥ずかしい真似をされてたまるかと、手を振り払おうとしたが、光の手を解くという行為に躊躇したのか、いまいち振りほどくは出来なかった。


「いいからいいから。これはそういう儀式だと思って」


 儀式って。

 さらなる抵抗を試みては見たが、馬鹿ぢ―――意外と強い力に抑えられて、流石に諦めた。

 力を緩めたのを承諾の合図だと理解したのか、光も力を緩めて、優しく息を吸う。


「これは自分勝手なお願いで、来人にはなんの関係もないことです。でも私が一番頼りにしているのは来人で、一番信用しているのも来人です。だからお願い。―――私の力になって」


 俺の手をぎゅっと握りしめて、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる。

 そんな見つめられると照れるのだけど、と、恥ずかしさから、益体もない事を考え始める思考を振り払う。

 ……いやぁ、しかし。何を言えばいいのかいまいちわからない。

 でもきっと自動的に頭に流れてくる言葉をつなぎ合わせていけば、拙いなりに俺の気持ちを伝えられる、なんとなくそう感じて、言葉を一つ一つ繋いでいく。


「……いやまあ、多分その期待は的外れで、何なら重くもあるんだけど」


 いきなり否定が出た。いやまあこれはしょうがない。なんたって、俺なんだから。


「でも、そうだな。俺はお前のことが好きだし、お前が幸せになれるならそれはいいことだなって思う」


 ……あぁぁ、恥ずかしいことを言っている自覚はある。でも伝えなくては。


「――だから、手伝うよ。俺はお前の彼氏、だからな」


 光に未来さきはない。彼女の輝かしいはずだった将来はもう失われていて、この光は残照のようなもので。

 だからこそ、その輝きを消える瞬間まで見ていたい。俺が好きだった、愛していた輝きを、一番近くで見るために。

 ……だからこれはエゴであって、光が頼りに、信頼するような人間では、決してない。そんな資格を俺が持っているとは、とても思えないから。


「ひゅー。恥ずかしい事をかっこいい顔で言うじゃないか。君のそのすぐ空気に飲まれちゃうところも私は好きだよ!」


「お前このやろう!!!」





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