第5話 死んだ彼女と満員電車
綺麗にオチを付けたところで、若干恥ずかしくて無言だった俺たちのもとに、次の電車が到着する。今度こそ忘れず乗り込んだところで、ガラガラだった座席へ腰を下ろす。
「光、ちょっと実験してみていいか?」
「実験?」
「この路線はもう何駅か進むとだんだん人が多くなってくるだろ?そこで誰にも見えてないお前が座っている席に、誰かが座れるのか知りたくてな」
「ははーん。なるほどね。私も、私の状況をいまいち理解してないし、やってみようか」
目をキラキラさせながら光がうなずくと、ちょうど人が多く乗り込んでくる駅に止まる。人が雪崩のように流れてきて、うわぁと若干引きながらも、だんだん埋まっていく席を眺めていく。
「……やっぱりこうなるのか」
結果だけ言えば、誰も俺の隣―――つまりは、光が座っている席に座ろうとはしなかった。こちらを一瞥もせず、最初からそこに座ろうともしなかったのだ。光に変な動きをさせて、誰も目を向けなかったことから、実は見えていた、ということもないだろう。
あとそこのサラリーマン、変な顔をしないでくれ。別に独り言ってわけじゃないんだ。
「見えてはいないけど、この席が空席ではないって事を、無意識化で理解してもいるってところかな?」
「たぶんな。光、ちょっと席を立ってみてくれるか?」
はーいと返事をしながら立ち上がって、そのまま何故か俺の膝の上に着席する。こいつ……と思いながらも横の席を確認すると、席の前にいたサラリーマンが少し驚いた顔をしながら、さっきまで光がいた席に座る。
空いてないと思っていた席が実は空いていてビックリした顔なんだろうと確信して、なんとなく今の光の状態が理解できた。
物には触れるし、人にも触れる。けれどそれは他人の中で無意識化のうちにそういうものとして処理される。なんだか、光がいないもののように扱われて若干の腹立たしさは感じるけれど、また両頬を叩かれるのは勘弁したいので、荒ぶる気持ちを落ち着かせる。
「はっはっは。まさかこんな便利な体とは。神様も粋なことをするねえ」
「粋なもんか。こんな、世界の全部から無視されるような、最低の仕打ちだ」
奥歯を噛みながら絞り出すように言う。全然怒りがセーブされてなくて、自分の忍耐力のなさにビックリした。
ぽけーっと俺を見た光は、少しニヤッとして膝から降りて向き合うように座りなおす。
ここまで接近されると、さすがの俺もまあまあ恥ずかしいけれど、照れてしまうとそれはそれでいじられてしまうので毅然とした表情で光を見返す。
「なんでこっちをむゅくんだゃ……をい」
むにーっと、それこそ餅を引っ張るように頬をつままれる。
引っ張ったまま、光はずっとそのニヤニヤした表情を崩さない。
「来人はさあ、私のことが好きすぎるよね。私も来人のことは大好きだけど、きみのその好意に応えられるほどかなって思うと少し不安になっちゃう」
「それは―――んぐっ」
―――そんなことあるわけない、そう言おうとした口は彼女の人差し指によって、強制的に閉じられた。
「でもさ、私は来人がそんな不安になっちゃう私も、こんな風にきみにいたずらする私のことも、全部含めて私を好きでいてくれるって信じてる。だから来人も、私がこんなことにへこたれない強い女だって、信じてほしいな」
……やられた。
改めて敵わないあなぁと、そう実感した。
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