第2話 死んだ彼女と一本の電話
時は数日前に巻き戻る。
「……ん?」
自分のアパートで大学生らしく惰眠を貪っていると、布団の直ぐ側に置いていた携帯がブーブーと自分の存在を主張するかのように喚き散らす。
先程大学生らしい、と表現した俺ではあるが、その交友関係は一般的な大学生とは程遠く、友人は少ない。その数少ない友人らも、揃いも揃って電話が嫌いなものであるから、この携帯が鳴り響く時は、そうそう無いのである。
少ないだけでぼっちではないので。ないので!
誰に向けたかも分からない言い訳を心の中で唱えて、俺は体を起こす。
「間違い電話か、それとも迷惑電話か」
まあでも、一応確認くらいはしておこうと、携帯を取る。その画面に表示されていたのは、やはり知らない番号であった。
普段ならば、こういう電話は取らないのだが、もう一年ほど付き合っている彼女に、最近言われた言葉を思い出す。
『知らない電話は一応取りなよー。もしその電話が、色んな事情を経て、他人の携帯からかけるしかなかった私の緊急電話とかだったらどうするんだい。そんなんじゃあ私の、キミの愛する人のヒーローにはなれないぜ?』
うん。お前に解決できないことなら俺にも解決できないよ、とその時は返したのだが、いかんせん愛する人のヒーローと言う単語には憧れる。
十中八九、彼女からではないとは思うが、彼女のヒーローになれる電話であることを信じてとってみよう。ぽちっ。
『……あの、
―――それは俺がヒーローになるかもしれない電話ではなく、その可能性をすべて奪うものだったようだ。
◆
翌日、彼女の母親に案内されるまま、初めてとなる彼女の実家の床を踏みしめる。まさか記念すべき最初のご挨拶がこんなカタチになるとは夢にも思わなかった。
衝撃の電話を受け、お母さんに生返事を返し続けた結果、俺は彼女の実家に招待された。
きっと彼女のドッキリだろう、イタズラ好きの彼女だし、両親への最初の挨拶を印象的にしたかったのだろう。そんなありえないことを信じようとしながら、電車に揺られ、何度も電柱にぶつかりながら、ここに至る。頭がぼやぼやするのは電柱にぶつけたからなのか、ショックからなのかすらも、よく分からなくなっている。
考えが纏まらなくて、否、何も考えたくなくて、食べ物を口に入れようとする気すら起きなかった。そのせいか、今朝から胃袋がぐぅぐぅと救難信号を発していた。
あと数歩で、ありえないことが現実として降り注いでしまう。そんな現実を受け入れたくない気持ちは、重りとなって歩みを遅くする。
「あの子は、頭のいい子でした。だからでしょうか、彼氏どころか友達を連れてきたこともなくて。そんなあの子が好きな人が出来たなんて言ってきた時はとっても嬉しかったんですよ」
ふふっと笑ってそう言う彼女の母親の瞳には、泣き腫らした後がある。この笑顔を作れるようになるまで、相当泣いて、泣いて、悲しんだのであろう。
「……ありがとう、ございます。それで、その。彼女の、光の死因は……」
「────交通事故、でした。それも、引かれそうな男の子を助けて、だそうです。……なんともあの子らしいですよね」
「そう、ですか。……本当に、素敵な娘さんですね」
乾いた喉が、そう、言葉を絞り出す。
本当に何とも、かっこよすぎる彼女であったのだ。死に様までかっこいいなんて、自分が男でいることが恥ずかしくなってくる。
ああ、いや、しかし。────そうか、彼女は死んだのか。
今まで姿を見せなかった喪失感が、時が経て襲いかかってくる。俺はもう一生彼女に会えない、話せない、馬鹿をやったり、触れ合ったり、口づけを交わすことすら、もう叶わないのだ。
何と言う虚無感なのだろうか。俺の瞳には涙なんて高尚なものは浮かばないけれど、それでも心の過半数を占めていた存在がプツンと、古いブラウン管を消した時のような音をして消えていく。どれだけ弄ってもその空間にはなにも存在しない。探しても探しても、ないものを見つけることはできないのだ。
「…………ぁ」
言葉にならない声が、彼女が過ごした家に消えていく。
────────彼女は、死んだのだ。
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