32.本当にすまんかった。

「『♪東から、東から、奴隷が来てる、

   それを、私は、西にうけながす〜♪』


・・・私が聞いた歌の中で、最も下劣で卑劣な歌でございました」


 大阪城の大広間は、しばらく「シーン」となったままでした。「シーン」とした空気を変えたのは、ちぃちゃいゴリラの関白かんぱくはんでした。 


「ふざけんじゃねぇぞーコラァ!

 誰がうけながすじゃコラァ! 人をなんじゃ思っとるんじゃコラァ!」


 関白かんぱくはんは、ブチ切れてました。ブチ切れて、ジッタンバッタンと足を踏み鳴らしました。

 わたしが、ニコニコするんを忘れてハラハラしながら関白かんぱくはんを見ていると、小早川こばやかわさんが言いました。


「父、毛利元就もうりもとなりが、伴天連バテレンを毛嫌いしたのは、私がヤジロウのあきないの実態を伝えたからでございます。毛利家の十四代当主、輝元てるもと様が、いち早く伴天連バテレン禁止令・海賊禁止令に賛同したのは、そのためでございます。

 そして、日の本がヤジロウのふざけたあきないから解放されたのは、全ては関白かんぱく殿のお働きによるところでございます」


 そう言うと、小早川こばやかわさんは、関白かんぱくはんに、深々とおじぎしました。


 関白かんぱくはんは、おじぎをしている小早川こばやかわさんをギロリとにらみつけながら、ジッタンバッタンじたんだを踏み鳴らし続けました。


「ふざけんじゃねぇぞーコラァ!」


 ジッタンバッタンじたんだを踏み鳴らし続けながら、叫び続けました。


「ふざけんじゃねぇぞー!

 ふざけんじゃねぇぞー!!」

 ふざけんじゃねぇぞーーーーーぉーコラァ!」


 そして、叫ぶのと足を踏み鳴らすのに疲れて、へたりこみました。

 へたり込んだ関白かんぱくはんは、ゼェゼェ息切らしながら、小早川こばやかわさんに言いました。


「ゼェゼェ、すまんかった。・・・ゼェゼェ、おまえの言うことをすぐに信じんかったせいで、ワシはなんも知らん日の本の人間を・・・ぎょうさんの日の本の人間を、伴天連ばてれんに連れ去られてしもうた。

 おまえの言うことすぐに信じてやれんで、本当にすまんかった・・・本当にすまんかった・・・」


 小早川こばやかわさんは、おじぎをしたまま、震えた声で言いました。


「もったいないお言葉」


 おじぎをした小早川こばやかわさんは、声と一緒に、肩も震えているように見えました。小早川こばやかわさんは、おじぎをしたまま、話を続けました。


関白かんぱく殿は、わたしの無念を晴らしていただきました。

 智将の長兄、隆元たかもとならば、良い知恵浮かび、ヤジロウの悪事をその場でこらしめる事ができたでしょう。

 猛将の次兄、元春もとはるならば、人の道外れたヤジロウに、その場で鉄槌を下した事でしょう。

 ・・・ですが、知恵も勇猛さも無い、運だけが取り柄の恥知らず、恥運ちうんが取り柄の恥将ちしょうの私は、酒をあおって歌うヤジロウのご機嫌をうかがい、ヘラヘラと笑うよりございませんでした。

 ヘラヘラとご機嫌をうかがい、西より連れてこられた黒い肌をした奴隷達と、伴天連ばてれんの交易船で、日の本に戻るのが精一杯でございました・・・本当に、惨めでございました」


 小早川こばやかわさんは、勢いよく頭をあげると、関白かんぱくはんを、まっすぐ見つめて言いました。


関白かんぱく殿! 私の無念を晴らしていただき、本当にありがとうございました!」


 小早川こばやかわさんは、ヒドイ顔していました。目がパンパンに腫れてて、鼻水ダラダラ流した、ヒドイ顔してました。めっちゃブサイクでした。笑えるくらい、めっちゃブサイクでした。

 わたしは、めっちゃブサイクな小早川こばやかわさん見て、めっちゃ泣いてしまいました。

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