第15話 林間学校二日目昼(ウォークラリー 林の中)
ウォークラリーが始まると、中学生の俺たちは意気揚々と歩き始めた。
隊列は流動的に変化していったが、張り切っていた班長の会澤が先頭を歩いている場面が多かった。逆に氷川は一番後ろ。あとの三人は前についたり後ろについたりという感じだった。
やがて、整備されたキャンプ場内の道から鬱蒼とした林の中に入った。靴の裏に伝わってくる柔らかな土の感触を一歩一歩感じながら、木の根がうねるように地表に這い出た林道を転ばないように気をつけて進んでいく。
――その道すがら。
「わぁ、へびっ!」
未翔が突然飛び上がり、悲鳴のような声を上げた。
「うそっ、まじ! ぎゃっ、い、いたぁ」
振り返った会澤はじたばたと地面を指差しながら、怯えた表情で未翔以上にビビりながら身体を震わせた。笹本と氷川もぎょっとしてその場から後ずさった。
早くなった心臓の鼓動を整えつつ、俺は落ち着いて辺りを確認した。何かがおかしいと感じたからだった。
「あのさぁ、未翔」
やがて、気づいた。違和感の正体である未翔は余り気味のジャージの袖口を口元に当ててくすくすと笑っていた。
「蛇、見てないだろ?」
「うん、見てない」
皆の慌てふためきように満足したのか、未翔は素直に白状した。
「な、なんだよ、嘘かよー」
「ちょっと、未翔、心臓に悪いから」
力が抜けてへたれこむ会澤とすぐさま窘める笹本に反応は分かれた。氷川は特に何も言わず無言だった。
「そもそも、会澤が『い、いたぁ』とか大きな声で言うから。あれで余計みんなの恐怖が増したんだぞ」
「だ、だって『へびっ!』って叫ばれたらいると思うじゃん? それで下見たらそれっぽいのがあるじゃん?」
会澤が「それっぽいの」と表現したのは、土の上に張り巡らされた無数の木の根っこのことだったが、うねる様子も含めて確かに蛇に見えなくもなかった。
「だとしても、ちゃんと確認しろよ」
「まあまあ、翔くん。悪いのはわたしだから」
少し強めに注意したところをちょんちょんと肩を叩いて未翔が制してきた。
「穂高くん、ごめん。わたしの悪ふざけで驚かせちゃって」
未翔に手を合わせて優しく謝られて、恥ずかしさからか会澤の顔は上気していた。怒ってない、という意思表示のために首を横に振るのが精一杯という感じだった。
「悪い。言い過ぎた」
なんだか俺もいたたまれなくなって、顔を赤らめて口をつぐむ会澤に詫びた。
班長が一番取り乱してしまっては面目丸つぶれ。会澤は失態を犯したと思ったのだろう。
だが、実際のところ、会澤に非があるわけではなかった。未翔のドッキリだって成功だったと言えるし、対応を誤ったのは強く責めすぎた俺だった。
けれど、謝罪をしても状況はなかなか好転しなかった。
しばらく硬直状態が続いてどうしようもなくなったとき、後ろから呆れたように声をかけてきたのは氷川だった。
「どうでもいいけど、遅れちゃうから行きましょう」
くだらないとでも言いたげに、彼女は立ち尽くす俺たちの横をさっさと通り抜けていった。
「おいっ、どうでもよくねぇ! って、待って、本当に置いていくのかよ。俺が班長だから。ねぇ、待ってって。俺に先頭歩かせてくれぇー」
会澤は腕を伸ばして喚きながら、足を止めない氷川の背中を慌てて追った。笹本は困った様子で視線を巡らせつつ、あたふたと二人の後についていった。
林道は途端に静かになった。
「……咲ちゃん、ありがとう」
みんなが去った後、未翔がぽつりと呟いた言葉が妙に耳に残った。
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