第55話

 天正十年 一月 安土城




 天正十年の始まり……つまり、本能寺の変まで後半年に迫る中、俺は安土城に来ていた。


 相模に行く前に頼んでいた船のおかげか、従来より何倍も早く着くことが出来て親父も驚いてた。


 琵琶湖周辺には多くの城が建ち並び、岐阜・近江・越前・京に近いので、多くの商品を積める船の存在は、これからの交易を更に活性化してくれるのでは無いかと期待しているのだ。




 そんなこんなで大広間に集められた俺達は、じいさんが来るのを今か今かと、待ち侘びている。


 ぶっちゃけ、俺がここに居るのは色々問題があるのだが、特別待遇って訳だ。表向きの理由としては、織田家当主の嫡男の立場を利用した一門衆としての参加だ。


 まぁ年賀の挨拶だし、評定みたいな厳格なモノでは無かったのも要因の一つだろう。


 チラッと辺りを見渡せば、織田家中の者を始め諸国から多くの使者が来ている。やはり、年賀だと戦はしないのが暗黙の了解なのかも知れないな。


 家中の者なら、対上杉家担当の権六と対毛利家担当の秀吉を筆頭に、五郎左・光秀・一益など錚々たるメンバーが軒を連ねている。


 他にも多くの家臣がいるが、やはりこの五名は存在感が別格だ。この人達の信頼を得ることは、決して容易くは無いだろう。


 しかし、あれが秀吉……か。あれから文通を頻繁に交わしているが、やはり言い回しが上手いと思う。文才……って言うか、言葉のセンスが良いのだろう。相手の求める言葉を、すんなり引き出せるのは天性のモノだ。


 これでは、直接対面した者が次々攻略されていくのが良く分かる。流石は天下統一した男。




 そして、諸国の使者達だが……多すぎてよく分からん。先程新五郎に見せてもらったリストには、パッと見て百以上の数があり……確か、南部家・伊達家・蘆名家の奥州勢、北条家・佐竹家・里見家の関東勢、東海の徳川家、四国の長宗我部家や九州の大友家などなど大物大名家の名前もある程だ。


 まさに、天下統一まであと一歩……このまま行けば、織田信長の覇道成就間違いなし! それが、世間一般の常識になっている。


 だけど、俺は知っている。本能寺の変によってじいさんの夢は半ばで途絶えてしまうことを……。


 明日、短い時間だけど秀吉と対談する機会を、得ることに成功した。本能寺の変黒幕説筆頭……時間も無いのだっ……ここで見極めなきゃ!


 思わず拳に力が入り、手に持っていた扇を握り締める。その瞬間、チリンッと綺麗な音色が聞こえてきて、頭の中が一気にクリアになった。


 …………ふぅ、危ない危ない。


『常に冷静を保つべし、明鏡止水を心掛けよ』っと、また師匠に助けられてしまったな。


 さて、そろそろじいさんも来るだろう。気持ちを切り替えていこう!






「上様のおなーりぃ〜!!! 」


『ははっ!!! 』


 小姓の声と共に、大広間にいる者全員が一斉に平伏する。ドシドシッと一歩一歩踏み締めるような足音が響いた後、ドカッと乱暴に上座へ座った。


「よい、面をあげよ! 」


『ははっ!!! 』


 じいさんの許可を貰い、ゆっくりと顔をあげる。


 約一年ぶりに見るじいさんは、相変わらず元気なようで戦国の覇王然とした、覇気を撒き散らかしている。


 それでも、結構機嫌は良いみたいで俺と目が合うと、一瞬だが目尻が緩くなった。


 それを最前列で見てしまった重臣達の驚愕の表情は、何とも言い難いモノだ。いや、お前等どんだけ恐れてたんだよ……案外優しい人だよ?


「者共良くぞ集まった。貴様等の忠義、しかと胸に留めておこう」


『ははっ! 有り難き幸せ!! 』


 みんなの一糸乱れぬ平伏する様子に、じいさんも当然の事だと強く頷いていた。まぁ、まだ臣従していない大名も多いけど、ここは空気を読み合わせたのだろうな。




 ここで、織田家筆頭家老である権六が半歩前に出た。代表の挨拶ってところかな?


「上様、新年明けましておめでとうございます! 昨年では、伊賀・淡路の平定等まさに躍進の年でございました。昨年に引き続き、上様の悲願であらせられる天下布武の為に、この身の全てを尽くす所存!!! 」


 権六の誓いは、大広間にいる全ての人の視線を釘付けにした。全て尽くす……言葉にするのは簡単だが、実行するのは至難の業だ。


 だけど、ここに居る皆が確信したことだろう。権六は、その身が尽きるまで忠誠を誓い続けることを。


「うむ。それで、上杉攻略は何処まで進んでいるのだ? 申してみよ」


「ははっ! 現在は、越中国の魚津城・松倉城を目標に定め攻略に乗り出しております! ここを取れば、越中国を完全に織田家の勢力図に組みすることが出来ましょう! 上杉攻略も時間の問題かと! 」


 自信ありげに語る権六に、じいさんもいたく感心したのか満足気に頷いている。


「うむ、大儀である。権六には、期待しておる」


「ははっ! 」


 上杉攻略目前なのか……上杉くらいの大物なら、もしかしたらじいさん自ら指揮を執るかもな。




 次にじいさんの標的にされたのは、秀吉だった。確か二ヶ月近く前に、鳥取城を攻め落としたんだったか……。先日、秀吉からの文を持ってきてくれた桔梗から詳細は聞いたが……正直、良い気分にはなれない……な。


 勿論、仕方が無いことなのは分かっているのだが。未だに恐怖に怯える桔梗の姿を見ると、その残虐さが伝わってくるようで、こちらまで辛くなってくる。


「して、藤吉郎よ」


「はっ! 」


「この度の戦、大儀であった。毛利の大軍が来ると聞き、余自ら指揮を執るつもりであったが。そのような情報を物ともせず、味方の被害を最小限に抑え鳥取城を落とし因幡国を平定した。まさに武勇の誉れ、余の重臣に相応しい成果である」


「ははっ! 」


「これからも、織田家の為に邁進せよ」


 じいさんは一通り秀吉を褒めると、突如として立ち上がり声高々に宣言した。


「聞けぃ!! 我が覇道も大詰めを迎えた! これからの貴様等の活躍に期待しておる! 『信賞必罰』生まれも育ちも関係なく、余は貴様等の実力を評価する。そのこと、ゆめゆめ忘れるな!!! 」


『ははっ!!! 』


 じいさんの裁量に、全てを託される。完全な実力主義……これが、現在の織田家の在り方か。


 眩いばかりの覇気を身に纏うその姿は、誰もが敬い崇め奉る……そんな未来を幻想させる輝きに満ちていた。




 これから、諸国の使者達による挨拶が終わった後で評定が始まる。議題は、十中八九武田家のことだろう。


 俺は、出ることは出来ないので留守番だ。歯痒いが、致し方あるまい。新五郎の報告を待とう。












 ところ変わって、安土城某所。


「ほ、ほう……そうか、三法師がおるのか。う、うむ……彼奴がどうしてもと言うならば、相手をしてやろうかのぅ」


「え? 婚約者がいる? しかも、二人? ………………な、なんじゃとぉ!? ゆ、許さん! 妾自ら天誅を下してやるのじゃ! 」

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