丹羽長秀


 


 天正九年二月 安土城






 権六達との会談も無事に終わり、少し時間を開けてから小姓が次の人を呼びに行った。


「若様、お次は丹羽五郎左衛門尉様でございます。丹羽様は、柴田様と並び織田の双璧と呼ばれる重臣でございます。この安土城の建設にも尽力されたお方です」


「うむ、五郎左は父上が最も信頼している者だ。五郎左の正室には父上の姪を養女にして送り、その息子にまで娘を嫁に送った程でな。同じ家臣の家に、二代に渡り婚姻を結ばせるなど五郎左だけよ」


「なるほど」


 静かに頷き、内心で驚愕する。えっ、それって殆ど一門衆みたいなものでは? いや、凄いな。どんだけ信頼されてるんだよ、丹羽長秀って。正直、あの魔王みたいな爺さんに信頼されるなんて、余程の人格者じゃなきゃ無理なんじゃないかな。裏表のない聖人とか。ほら、基本人を疑ってそうだし。


 あぁ、確か……丹羽長秀は信長四天王のひとりだっけ? 正直、あんま詳しい事は知らないな。ゲームとかに出てきても、影が薄いタイプだったのか。如何せん、ここら辺の記憶は虫食いだらけ。ちゃんと授業を聞いていなかったことを悔やむ。


 前世では、別に日本史が出来なくても生きていられたし、正直必要性を感じられなかった。言い訳でしかないけれど、興味が全く無かったのだ。






 だが、そうも言ってられない。戦国時代に転生し、己の運命を知ったことで、無知は罪だということを良く思い知らされたからだ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なのだと。


 しかし、もっと長秀のこと詳しく聞こうとした所で、先程遣わした小姓が戻ってきた。おそらく、背後に控えている男性が丹羽長秀なんだろう。


「失礼致します。丹羽五郎左衛門尉様が参りました」


「うむ、通せ」


「はっ」


 小姓が横にはけると、どこか優しげな雰囲気を漂わせた男性が入ってきた。武将にしてはひょろっとしていて、どちらかというと文官って感じがする。権六とは、正反対な印象を抱いた。


「丹羽五郎左衛門尉長秀、只今参上致しました」


「よい、面をあげよ。……久しいな、五郎左よ。三法師が生まれてからは、この子にかかりっきりになっておったからの。武田のこともある。中々、気の休まる日が無いわ」


「……心中お察し致します。今、織田家は転換期を迎えております故、若様の気苦労を増すばかりにございましょう。織田家当主として、ひとりの父として常に気を張っておられるのです。ですので、どうか某の前では楽になさって下さいませ」


「……ふっ、そうよな。お主の前でくらいならば良いか」


 僅かに微笑み、足を崩す親父。それを、優しい眼差しで見守る長秀。たったそれだけで、二人の深い信頼関係が伺えた。


 何処か、完成された一場面に呆けていると、不意に長秀の視線がこちらへ向けられる。


「して、若様。そちらのお子が……」


「うむ。嫡男の三法師だ。父上へ顔見せにな」


「左様で。……三法師様、お初にお目にかかります。某のことは、どうか五郎左とお呼びくださいませ」


「うむ! 宜しくの、五郎左!! 」


「ははっ」


 元気よく返事をすれば、にこやかな微笑みが返ってくる。そこには、確かな慈愛が感じられた。少し話してみただけで、五郎左の人柄の良さと謙虚さが伝わってくる。爺さんが、五郎左を信頼する理由が少し分かった気がした。






 それから、俺は夢中になって五郎左と話をした。親父からも聞いていたが、五郎左はずっと前から爺さんに仕えていただけあって、今までの織田家の歩みを臨場感たっぷりに聞くことが出来た。その節々から伝わる、爺さんへのちょっと重たい忠義も。


 五郎左は、織田家の中枢と言っても過言ではない。しかし、その本質は武芸、政治、性格の三拍子揃った織田家至上主義者。特に、爺さんに対する感情がヤバい。裏切りは有り得ないけど、不要だと判断すれば子供でも切り捨てそうな雰囲気を感じる。


「三法師よ。五郎左は、この安土城普請の総奉行を務めるなど多大な功を挙げていてな。此度の馬揃では、一番隊に抜擢されたのだ。誠に、めでたきことよ。五郎左が、筆頭家老でもおかしくはないのだがなぁ」


「いやはや、そのようなことは……」


 (えぇっ!? 五郎左、この城作ったのかよ! )


 思わず、唖然とする。爺さんにとって、自分の権威の象徴と言っても過言では無い安土城。その建設を生半可な奴には任せないだろうし、本当に五郎左は爺さんから信頼されてるんだと伝わる。馬揃でも、一番隊だなんてめっちゃ名誉なことだ。


「それは、凄いのぅ。おめでとう、五郎左」


「ははっ、身に余る光栄かと存じまする」


 額を畳に擦りながら、爺さんからの格別な扱いに歓喜に身を震わせている五郎左。その姿を見ていると、少しでも疑ってしまった自分が無性に恥ずかしくなった。


 正直、五郎左が爺さんを裏切る事は天地がひっくり返っても絶対に無いだろうし、寧ろ見限られないように俺ももっと努力しないとな!












 五郎左との会談は、つつがなく終わりを迎えた。五郎左は、今度は息子と共に挨拶に伺うと言い去っていった。だいぶ、好印象を勝ち取れたと思っている。


「三法師よ、丹羽家はこれからも織田家と共にある家よ。何か困った事があったら、遠慮せずに彼等を頼るといい。きっと、力になってくれる」


「はい、父上! 」


「うむ」


 ゴシゴシと、乱暴に頭を撫でられる。本当に、親父の言葉の節々には五郎左に対する深い信頼の色が伺える。俺も、そんな風に思える忠臣が出来たら良いなぁ。


 ただ、一つ注意を受けたのは、家臣一人を重宝し過ぎるのも駄目なんだとか。家臣同士のパワーバランスを保つのも重要らしく、家臣内で妬み嫉みによる足の引っ張り合いが多発してしまうと家が崩れてしまう。


 最初、親父は五郎左の孫娘を俺の許嫁にしようとしていたが、それではあまりにも五郎左が力を持ってしまうからと、爺さんが待ったをかけたそうだ。


 それはそれ、これはこれ。何事も、バランスが大切ってことだな。






 ***






 その後の二組は比較的楽だった。一人目は、蜂屋頼隆。なんでも、元々は黒母衣衆という爺さんの側近だったらしく、親父からもとても信頼されていた。


「殿っ! お久しゅうございまする! 」


「……はぁ、お主という奴は。形だけでも、作法通りにせぬか。……まぁ、今更お主にかしこまれても違和感しか無いがな。フハハハッ! 」


「左様ですな! ガハハハハッ! 」


 親父に釣られるように、蜂屋も腹を抱えて笑っている。部屋を満たす二人の笑い声に、俺も自然と頬が緩む。主君を相手に、こんな態度が許されるなんて、ある意味凄いなと感心する。


 そんな蜂屋は、今まで色々な戦に参戦しているらしく、様々な武勇伝を聞かせてくれた。その中でも、本人曰く一番の冒険は最初の上洛だったらしい。


「最初とは、彼の足利義昭公を連れて上洛した時のことかな? 」


「いえいえ! 実は、その前に上様と京へ行った事があるのです。お世辞にも上洛とは言えぬ、僅か五十人程で行った強行軍だったのですがな! いやぁ、今考えても無謀な事をしたものですよ。あっはははは! 」


「……はぁ」


「そ、それは……凄いな」


 いや、大爆笑してるけどアホかアンタら。よくまぁ、無事に帰って来たもんだよ。親父も呆れて何も言えないし、若い頃の爺さんは想像以上に破天荒だったんだな。






 親父は、今でもやりかねんと溜め息を吐く。


「こやつは、俺の初陣にも参戦してのぅ。それはもう、鬼のように敵を薙ぎ倒しておったわ。結局、俺がしたことは軍備を整えたことだけ。戦の厳しさを教えようとした父上は、目論見が外れたとボヤいておったわ」


「ガハハハハッ! それはもう、殿に指一本触れさせる訳にはいきませぬからな! ……あぁ、そうじゃ! 三法師が初陣をなさる時は、是非とも某に先陣をきらせてくだされ! 敵兵など蹴散らせてみせまするぞ! 」


「う、うむ。頼りにしておるぞ」


「ははっ!」


 大袈裟に平伏してるけど、アンタ今いくつだよ? 俺の初陣なんて、これから十年以上先だぞ!? 親父も呆れてしまってるよ。今、言った話を聞いていなかったのかって。


 まぁ、それでも楽しい時間だった。収穫もあった。蜂屋は、良くも悪くも嘘の吐けない性格だって分かったしね。彼のことは、信用しても良いと思う。






 ***






 次に、部屋を訪れたのは村井親子。父親の方は、結構歳をとっていて六十過ぎだと思われる。


「村井吉兵衛貞勝、只今参上致しました」


「同じく、村井作右衛門尉貞成。只今参上致しました」


「うむ、面をあげよ。三法師。吉兵衛は、長きに渡り織田家の政務を担ってきた者だ。上洛後、二条城の造営では近隣諸国の職人を集め、大いに盛り上がっておったな。それこそ、帝が見物に来た程の賑わいだったそうだ。此度の馬揃では、四番隊を任されておる」


 おぉ、ちゃんとした文官タイプを見たのは、これが初めてかも知れない。


「二人共、私が三法師だ。これから、宜しく頼むよ」


『ははっ! 』


 二人同時に平伏する。なんでも、お爺ちゃんの方は京都所司代とかいう偉い役職だったらしく、爺さんの代官として、長らく京にいたそうだ。


「いやはや、恐れ多い事でございます。某も、これを機に家督を息子に任せ、出家いたそうと思いまする」


「そうか。……長らくご苦労であった。織田家当主として御礼申し上げる」


「ははっ! ありがたきお言葉」


「……」


 そうか、引退しちゃうのか。でも、息子さんもいい歳だしそんなものなのかな。






 引退を宣言した吉兵衛は、何とも考え深い表情を浮かべていた。


「……ふぅ。これで、肩の荷がおりました。後は、ゆっくりと余生を過ごそうかと」


「うむ。それが、良かろうな。時間があれば、三法師に話を聞かせてやってくれ。経験豊富な吉兵衛の話は、それだけで勉強になるだろう」


「ははっ、承知致しました。……あぁ、そうじゃ。確か、三法師様も京へ行かれるとか。であれば、某で良いのでしたら町をご案内いたしましょうか? 」


「なんと! 良いのか、吉兵衛? 」


「ええ、問題ございません。三法師様がお望みであれば、喜んでご案内いたしましょう」


 マジでっ!? それは嬉しいな、金閣寺とか清水寺とか縁結びの神社も行きたいし、生八つ橋も食べたいぞ!


「それは、ありがたい。吉兵衛、是非頼むよ」


「はっ、お任せくださいませ。……それでは、某達はここで失礼致しまする。また、京でお会いいたしましょう。三法師様」


「うむ」


 吉兵衛達を見送り、息を吐く。少し、疲労が溜まっている。次で五組目だし、そろそろ今日は終わりかな?


「新五郎、次は誰じゃ?」


「はっ、次は明智日向守様でございます」


「…………ぇ? 」


 息が詰まる。新五郎から告げられたその名前に、鼓動が一度大きく跳ねた。






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