柴田勝家
天正九年一月 安土城
さて、午前中はお茶に引きずり回されて大変だったけど、なんの偶然か蒲生と勝蔵に遭遇し、直臣として勝蔵を得ることが出来た。念願だった俺だけの家臣だ。これで、かなり大胆に動くことが出来る。凄い幸運だ。
まぁ、そんな打算抜きにしても、勝蔵にはかなり期待している。親父の許可も取れたし、これからどんどん実戦を積んで強くなって欲しいな。とりあえず、筋トレとか食生活改善させないとな。やはり、肉だよ、肉。
とまぁ、勝蔵のことは一先ず置いといて、これから織田家の重臣達との会談だ。俺が、我儘言ってまで安土城へ来た目的。俺の未来が懸かっていると言っても過言ではない。
「――っ」
「三法師様、どうかなされましたか? 」
「……ふぅ、いや大丈夫。問題ないよ」
「……承知致しました」
変に緊張している。深呼吸して呼吸を整えていると、あっという間に親父が待つ一室へ辿り着いた。促されるままに入室する。
上座に親父。横に俺、補佐役として新五郎が控える。今回は、あくまでも俺の顔見せが主な目的。長時間は取れないだろう。
良し、気合いを入れるぞ!
「新五郎、最初は誰かな? 」
「はっ、柴田修理亮様率いる越前衆でございます」
「……あぁ、あの」
脳裏に、髭面の大男が思い浮かぶ。確か、あの時の大広間にも居たよね。
「権六は、織田家一の猛将よ! 織田家に古くから仕えており、父上から北陸戦線を一任されておる。正しく、筆頭家老。信頼の厚い男じゃな。俺も、信頼しておる」
「なるほど」
腕を組みながら力強く頷く親父。言葉の節々から信頼感が伝わってくる。ここまで、親父達から信頼されているんだ。出来れば、本能寺の変後も織田家をずっと支えて欲しいな。俺も、認められるように頑張ろう。
裾を掴みながら気を引き締め直していると、不意に小姓から声がかかった。
「失礼致します。柴田修理亮様が参りました。」
「うむ、通せ」
「はっ」
頷き、小姓が横にはける。すると、見るからに武闘派な筋肉モリモリの大柄な男が入ってきた。その後ろを、連れ添うように二人の男が入ってきた。初めて見た顔だな、誰だろう? 先程、会話に出ていた越前衆かな?
「柴田権六郎勝家、只今参上致しました。本日は、某の為に若様の御時間を割いていただき、誠に恐悦至極にございまする」
「不破彦三光治でございまする。本日は、お目通りいただき恐悦至極にございまする」
「前田又左衛門利家でございまする。若様、お久しゅうございまする」
うわぁ、凄い。三人共、歴戦の武将って感じで服の上からでもゴツイのが分かるな。
そんで、不破は知らんけど前田利家は知ってるぞ! 確か、加賀百万石……だったよな? 超有名人じゃん! そうそう、こういうのを待ってたんですよ。
「うむ、面をあげよ。三人共、よく来たな大義である。さて、隣に居るのが三法師じゃ。まだ幼いが、実に聡明な子でな。将来が楽しみな子よ」
「それは、それは」
視線が集中し、俺は自然と頭を下げた。
「三法師じゃ。権六とは、あの日以来かの。そなたとは、一度話をしてみたかった。織田家随一と謳われるの武将の話を」
「ははっ、誠にありがたきお言葉でございます」
「うむ」
丁寧に頭を下げる権六を見て、実はちょっと驚いてしまった。平伏する時もそうだったけど、一つ一つの動作が綺麗だよな。脳筋のイメージあったけど、そこは一国一城の主として作法は完璧だったみたいだ。
なんとなく好感触。けど、後ろの二人は全く喋らないなぁ。あくまで自分達は付き添いって事なのかな。
「その二人も強そうだが、国は大丈夫なのか?この隙に、敵に攻められはせぬのか? 」
「はっ、確かに我等は現在上杉家と対峙しておりますが、あちらには佐々内蔵助を残しております故、心配はございませぬ」
え、上杉と戦ってんのかよ!? それ本当に大丈夫なのか? ……あっ、でも親父が上杉は内乱で荒れてるって言ってたっけ? それならまぁ、余裕はあるのかな。
「そうか、権六は佐々を信頼しておるのだな。……うん。では、後で佐々宛に陣中見舞いを贈ろう。権六からも、よしなに伝えておくれ」
「ははっ、ありがたきお言葉。内蔵助も、さぞ喜びましょう」
権六の表情に、僅かではあるが笑みが出てきた。うんうん。だいぶ、打ち解けてきたな。
では、社交辞令も終わったし本題に入ろうか。
「して、権六よ。政はどうじゃ? 民の様子は、ちゃんと見ておるか? 」
「政……に、ございますか? 」
こんな幼子から指摘されるとは思わなかったのか、権六はかなり動揺しているようだ。
けど、こっちからしたら当然の質問なんだよな。新五郎から税について色々聞いたけど、まぁこの時代は何処も彼処も汚職し放題で酷いもんだったよ。爺さんが、座と関を廃止したおかげで経済は潤ったかも知れないけど、農民達の生活は一切変わってないもんな。
僅かに沈黙した権六だったが、親父に促されると渋々口を開く。多分、こんな子供に聞かせる内容ではないと思ったのだろうな。
「そうですな。越前は、元々は長く朝倉氏が治める土地にございました故、織田家が奪い取ってからも少し荒れておりました。先代が優秀でしたからな。されど、どうかご安心なされませ。反乱分子は、見付け次第根元から潰しております。加賀も、長きに渡り本願寺門徒等が好き勝手やっておりました故、武装した武士達が領内を厳しく取り締まり、二度と一揆など起こさせぬようにしております」
「で、である……か」
そのとんでもない内容に、思わず頬が引き攣る。
はい、アウト。それじゃ駄目だろ。奴隷じゃないんだからさ、鞭ばっかしじゃ不満は溜まる一方。そりゃ、反乱が起きるよ。なんで、この時代って民は搾れるだけ搾れって考え方が主流なんだ? いや、前世も似たようなもんだったか。
「……権六よ。抑圧してばかりでは、民意を掴むことは出来ぬのではないか? もう少し、慈しみをもって接してみたらどうかな? 」
「はっ、……されど、それでは民がつけあがりまする。先ず、武によって民を抑えつける。それが、政の基礎なのでございますれば」
「ううむ」
権六の言葉に嘘はない。本心から、このくらいの強制力がなければ統治は不可能だと判断していた。
あぁ、そうか。現代人とは、根本的に考え方が違うんだ。統一された法律がない。決まり事は、全てお上が下を抑える為だけに作ったもの。国を、より良くしようと考えている訳ではない。だから、農民達は知ったこっちゃないんだ。彼らは、今しか無いから。
それを悟ってしまったら、もう駄目だった。良いところを見せたい。認めさせたいとは思っていたけれど、深入りするつもりはなかった。俺は、まだ赤ん坊。派手にやって異端だと思われたくなかったから。
それなのに、俺は何とかしたいと思ってしまった。彼らのすれ違う様子は、あまりにも虚しい。
「……きっと、民は未だ織田家を信じることが出来ないのだろう。根本にあるのは、織田家の反感ではなくお上に対する恐れ。それを取り除かなければ、百年経っても民の心は掴めぬよ」
「恐怖……に、ございますか? しかし、奴らはいざとなれば鍬を片手に武装蜂起する輩で――「その、いざという時は生きるか死ぬかの時よ。日々、安定した暮らしが出来れば不満は抱かぬ」――っ!? 」
「……しかし、そのように上手くいくでしょうか? 」
何とか理解しようとするも、権六は上手く想像出来ない様子。一揆は、その都度鎮圧するものって考え方しかないんだろう。
けど、未然に防ぐ事が出来たらそれが最善なんだ。
「民は、今を懸命に生きておる。災害や人災から田畑を、家族を守っている。常に、理不尽に晒されているのだ。信用出来ない。信頼出来ない。怖くて仕方がないのだ。力のある者達の存在が。……ともすれば、こちらから歩み寄るしか和解の道はないだろう」
「某に、膝を折れ……と? 」
「そうだよ。膝を折り、彼らと視線を合わせなさい。どちらかが折れねば、この負の連鎖は一生止まらない。先に譲歩した方が、不利益を被ることになるだろう。……ならば、膝を折るのは強者の義務だ」
「強者の義務……」
「権六。お爺様は、天下を統一する為に戦っておられるのであろう? 今も、織田家の勢力は刻一刻と広がっている。天下一統は、決して夢物語ではない。近い将来、この日ノ本に泰平の世が訪れるだろう」
「……左様ですな」
「うん。そして、その時に今の圧政を敷いたままでは必ず綻びが生まれるだろう。統治者ならば、時代に合わせた政策を取らねばならない。強い国ではなく、豊かな国を築くのだ。民の笑顔が溢れる国を。……今、権六が治める国に住む民は笑顔を浮かべているかい? 」
「――っ! 」
その瞬間、権六は弾かれたように顔を上げる。あぁ、ようやく俺を見てくれた。自然と頬が緩まる。
「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり。……権六。民を信じ、民を愛しなさい。自ら歩み寄らない者に、人は決して心を開かない。愛とは、与えるモノなのだから。そのことを、どうか忘れないでおくれ。そして、いつか私に見せておくれ。権六が築いた、笑顔の溢れる素敵な国を」
「――ははっ! その時は、某自ら三法師様をご案内致しましょう」
「うん。約束だよ、権六」
そうして、権六達との会談は滞りなく終わりを迎えた。三人共、憑き物が取れたかのようにスッキリとした顔をしていて、俺を見る目もどこか認めるようだった……と、信じたい。
そんなことを思っていたら、親父の手が乱暴に俺の頭を撫でた。
「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり……か。三法師よ、よく知っておったな。そなたの母方の祖父にあたる信玄公の言葉だが、……中々どうして深い言葉じゃ」
「はい、新五郎に教えていただきました。民は守り、慈しむ存在。それと同時に、我らも民に支えて貰うのだと。良き君主を目指すのであれば、それを忘れてはならないと」
「うむ、実にその通りじゃ。時折、それを忘れてしまうことがある。人は、綺麗なままでは生きられぬ故……なのだろうな。……三法師は、忘れないようにしなさい」
「はい! 」
うん。親父も満足そうにしているし、どうやら大丈夫そうだ。なんとか、一組目はクリア出来たか。あぁ、良かった。
***
勝家達越前衆は、三法師との会談後にとある一室に集まっていた。
「親父殿、先程の三法師様のご意見でしたが……」
「……うむ、又左よ。わしは、早速領地に戻ったらやってみようと思う。移りゆく時代。民を慈しむ心……か。実に、理にかなったお考えじゃ。……わしには、到底思いつかんかった。これでは、上様に合わす顔がない」
勝家が、どこか悔いるように俯く様を見て、慌てて利家は慰めようとする。
「親父殿が悔いる必要はございませぬっ! 某とて、三法師様のお話しは想像も出来ぬ事でございました。弱き者達を守る。某が、若かりし頃思い描いていた事でございます。某は、大切な事を忘れておりましたっ! 」
涙ながらに語る利家の脳裏には、信長と共に駆け回った日々が流れていた。
瞬く間に、大きくなっていった織田家。信長に仕える日々の中で、彼は多くの戦を経験した。若い頃とは、比べ物にならない程強くなった。力も、権力も。
だが、天下一統という大義にばかり目を取られ、守るべき民を見捨てていたなど、又左は己が恥ずかしくてたまらなかった。
「又左よ、わしはもう長くは無い。どうか、お主達若い衆が三法師様を見守って欲しい。三法師様は、お優しいお方じゃ。十年、二十年先が楽しみで仕方がない。されど、今のやり方で益を得ている者達は、ことごとく敵に回るであろう。支える者達が必要じゃ。どうか……、どうか頼むぞ」
「お、親父殿っ! 」
深く、深く頭を下げる勝家を見て、利家は固く決意をした。三法師様の敵は、己がことごとく葬りさろう! それが、自身にの出来るせめてもの償いだ……と。
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