直臣



 天正九年一月 安土城






 今日は朝から新五郎と打ち合わせをしていた。俺は家臣達全員と会いたかったのだが、いかんせん馬揃参加者はかなりいるみたいで、正直時間的に厳しいとのこと。結局、代表者数名ずつと会うことになった。


「それでは、午の刻にお迎えにあがりますので、もう暫しお待ちください」


「うん、分かった」


 色々準備があるのか、忙しそうに新五郎は部屋を出ていった。多分、順番とかの調整が大変なんだろうな。派閥とかありそうだしね。


 さてと、時間が出来てしまったな。今は、朝の八時くらいかな? 結構時間あるし、この機会に此処へ来ていない人達へ文を送ろっかな。何事も、根回しは重要だからね。


 まぁ、字は書けないから右筆の人に任せるんだけど。正直、ラッキーって思ってたけど、親父曰く大切な書状は直筆が基本で、それ以外でも名前くらいは自分で書いた方が良いらしい。


 そこは、まぁ追々っかなぁ。今は、あの難解なミミズみたいな字を読めるようになっただけ、大したものでしょってことで。






 さて、一時間程で二通の文が完成した。早速、中身を確認。口頭で指示してるから、微妙にニュアンスがズレていることが度々あるので、そこはちゃんと確認する必要がある。意図せず、相手を怒らしたらたまったもんじゃないからね。


「……うん。ご苦労様。退っていいよ」


「はっ」


 ありがとう名も知らぬ右筆の人、また次も宜しくね。チラッと周囲を見渡して、部屋に誰もいない事を確認すると囁くように呟く。


「竹、梅いる? 」


『此処に』


 すると、目の前に二人の美少女が現れた。


 右側が竹。歳は十四で、無口で何考えてるのかよく分からないが、仕事人って感じの頼れる女の子だ。そして、左側が梅。歳は十三で、現在進行形でニコニコしており天真爛漫な印象を受ける子だ。松曰く、集落で最も才能がある天才忍者なのだとか。実際、そのコミュニケーション能力で、今や東海地方にとんでもない情報網があるんだとか。……怒らせたら一番駄目な奴だな。


「この文を届けて欲しい。竹は、北条氏政殿へ。梅は、羽柴秀吉殿へ届けておくれ」


『御意』


 頷くと、スっと音もなく消えていく二人。彼女達を見送ると、俺はようやっと安堵の息をついた。


 これで、俺の計画はスタートする事が出来た。元々、北条家にはコンタクトを取るつもりだったのだが、まさか秀吉が馬揃に参加してないとは思わなかった。なんとなく、派手好きなイメージがあるんだけど、今は対毛利家の戦略中だからって断ったらしい。案外、仕事には真面目だったのかな?


 とまぁ、そんなわけで陣中見舞いを送ることにしたんだよね。文だけど、気にかけてるアピールにはなるかな?それに、どのくらいで往復出来るか知りたかったし。






 ***






 その時、ようやく一段落した俺は、両手を伸ばしてストレッチをしていた。すると、いきなり襖が勢いよく開かれた。あれ?なんかデジャブ。


「わっはははは! 三法師よ来たぞ! 」


 入ってきたのは、勝気な印象を受ける美少女、お茶であった。どうやら、昨日の出来事で気に入られてしまったのか、姉妹達を置き去りにして単身突っ込んで来たみたいだ。なんて薄情な奴なんだ。


「……何しにきた」


「フハハハハッ! 今日は、妾直々に城の中を案内してやろう! 三法師は、妾のお気に入りじゃからな! 特別じゃぞ! さぁさぁ、早う行くのじゃ! 」


「ぇ、あ……ちょっ!? 」


 言うや否や、俺の意見など一切聞かずに抱っこで拘束。そのまま走り始めた。もうね、こういう自己中なとこ母親そっくり!






 突如として始まった安土城見学ツアー。やれ、ここは広間だの調理場だの、謁見の間だの、広間だの、広間だの……いや、広間多いな! 多分、俺と一緒にいることが目的で、ぶっちゃけ案内する気など欠片も無いのだろう。


 それより、俺達に着いてくる侍女達が、もうヘロヘロになってて凄く心配なんだけど。……うん、分かるよ。ガキンチョって謎に体力無限だもんね。


「そして、ここから庭に出れるのじゃ。よしっ! 行くのじゃ! おい、草履を用意せよ! 」


「え!? 」


 マジかよ、外にくりだすの? もう止めとかない? 侍女達、めっちゃ焦ってるぞ? しかし、お茶が俺の制止等聞く筈もなく、皆の不安かんてお構い無しでズンズン進んで行く。


「ここが、伯父上自慢の庭じゃ。時折、稽古中の輩を見ることが出来るぞ。……うむ、今日は二人程いるな」


 おぉ? まさかの、家臣遭遇イベントですか? 流石お茶、頼りになるぜ!






 俺は、思いっきり手のひらを返しながら辺りを見渡すと、二十代くらいの若武者が一心不乱に槍を振るっていた。そして、彼らは俺達へ視線を向けると慌てて平伏する。


「良い、楽にせよ」


「ははっ」


 お茶が許すと、二人はおずおずと立ち上がる。うむ、中々の細マッチョイケメンだ。いや、織田家顔面偏差値高すぎだろ。


「彼らは? 」


「うむ! こやつらは、森と蒲生じゃぞ三法師! 若いが、中々才のある者達だともっぱらの噂じゃ! 」


 蒲生は知らんけど、森ってあの蘭丸? 超有名人じゃん! あれ? でも、蘭丸って漫画とかじゃ細身な美少年なんだけど、こんなムキムキだったのか?


「お初にお目にかかります。某は、蒲生忠三郎賦秀と申します。お会いできて光栄でございまする」


「某は、森勝蔵長可と申しまする」


 いや、蘭丸じゃ無いんかい! と、ひとりノリツッコミをしながら二人を値踏みする。なんとなく、忠三郎は温室育ちの優等生って感じで、勝蔵は脳筋の気配がするな。


「忠三郎と勝蔵じゃな。うむ、覚えたぞ。二人共、私とは初めましてだな。……私の名は、織田三法師。織田家当主 織田従三位左近衛中将の嫡男である。二人共、これから宜しく頼むぞ」


『ははっ!! 』


 何故か、名乗りを上げた途端に二人の震えが激しくなった。おかしいな? ちゃんと、教わった通りに口上を述べたんだけど。






 二人の様子に困惑していると、お茶はニカニカと笑いながら二人の肩を叩いた。


「三法師よ。蒲生は、伯父上の馬廻り衆を務めておってな。森は、三法師の父君に仕えておるのだぞ! 森は、古くから伯父上に仕える忠臣の一族なのじゃ! 」


 へぇ、そんなに。確かに、言われてみれば聞いたことあるような、無いような。


「……そうか、二人ともこれからも宜しく頼むぞ。父上共々、将来有望な若武者達に期待しておる」


「はっ! ありがたき幸せ」


「……」


 忠三郎は素直に返事をするも、勝蔵は黙ったままだ。なんか、怒らせちゃったのかな?


「どうした勝蔵、なにか不満か? 」


「――っ、いえ、そのようなことは……」


 あ、やべ。ちょっと、今のは俺の言い方が悪かったかな。不評をかってしまったと思ったのか、勝蔵はしどろもどろに弁明を始める。


「……某は、若君が期待される程の身ではございません。隣の忠三郎は、上様より娘婿に迎えられる程の才気を持ち、弟の蘭丸は上様のお側に仕え厚い信頼を得ておりまする。……対して、某には槍しかございませぬ故。お恥ずかしい限りにございます」


「うむ、そうか」


 自分を恥じるように呟く森を見て、俺は絶対にコイツが欲しいと思った。友人や弟に先を越されたら、誰だって嫉妬を覚えるだろう。上から出世の道を示されたら、誰だって飛び付くだろう。能力など二の次にして。


 だけど、この男はどこまでも真摯に己の力を受け止めている。才がない自分自身を責めながらも、他人を妬まず己の無力さを恥じらいだ。こんな人間はごく稀だろう。見ていて気分の良い男だ。






 故に、俺はなりふり構わず取りにいく。


「そんなに、己を卑下するでない。」


「しかし……」


「一つしか出来ないのであれば、それを極限まで鍛え上げてみせよ。万に秀でた者などおらん。されど、一芸を極めて歴史にその名を刻んだ者はいる。森 勝蔵よ。己を卑下する暇があるなら槍を握れ。お主も男であるならば、槍術を極めて日ノ本中にその名を轟かせてみせよ。それこそが、お主の道じゃ! 」


「――っ!!? 」


 そんなこと考えた事無かったのか、勝蔵は目を丸くしながら呆然としていた。


「某に、出来るでしょうか……」


 絞り出すかのような声音。その声には、恐れや不安が入り交じっていたが、その奥には希望があった。


「あぁ、出来る。お主ならば、必ずや辿り着けよう。誰もが一度は仰ぎ見て、そして諦めた頂きへと」


「――っ! さ、若君っ! 某、やってみせまする! 必ずや期待に応え、神槍の域にまで達してみせまする! 」


 涙を流しながら額を土に擦り付ける森を見て、コイツなら本当に達成出来るかも知れないと、俺は今から楽しみになってしまう。既に、心は磨かれているのだ。残りの技と体もいずれ精神へと追い付くだろう。その時が、覚醒する時だ。


「勝蔵よ、私の直臣となれ。私には、そなたのような男が必要なのだ。目標へ愚直に進むことが出来る真っ直ぐな男がな。……どうじゃ、受けてくれるか? 」


 すると、忠三郎は一瞬驚いたように目を見開くも、直ぐに心底嬉しそうに力強く勝蔵の肩を叩いた。


「良かったでは無いか、勝蔵! このようなお誘いをかけて頂くなんて他におらんぞ! 」


「そ、そのようなお誘いを頂けるとは、誠に恐悦至極にございまする! 是非、若様のお側に仕えさせてくださいませ! 身命を賭して、お仕え致しまする」


「おぉ、そうか! それは、良かった。これから、頼むぞ勝蔵よ」


「ははっ!! 」


 良し、やったぞ直臣二人目GETだ! 有名な蘭丸じゃないけど、強そうな奴だし正直者だしで大満足だな。いや、本当に嬉しいよ。






 さてと、では新五郎を探さないとな。


「では、私から新五郎へ伝えておくから。今は、稽古を続けよ。追って、連絡をする」


「ははっ! 」


「忠三郎はどうじゃ? 」


「……はっ、大変ありがたいお誘いでございますが、既にこの身は上様に捧げた身。代わりと言っては失礼で御座いますが、某に子が生まれた際には、三法師様のお側に仕えさせて頂ければ幸いで御座います」


「で、あるか」


 まぁ、忠三郎は無理だよね、爺さんのだし、爺さんも有能な家臣を手放す訳がないし。ん、しょうがない。


「うむ、それならよい」


「おーい、三法師! 話は終わったか? そろそろ、次に行くぞ! 」


 うぉっ! びっくりしたぁ、もう。そんな、耳の横で叫ばないでくれよ。ちょっと、放置し過ぎたかなぁとは思ったけどさ。


「ご、ごめんなさい。……二人共、時間を取らせてしまったな。申し訳ない。鍛錬を再開してくれ」


『はっ! 』


 二人に別れを告げると、俺たちは直ぐに出発。お茶のやつ、我慢していた分を取り戻そうと凄い勢いであっちこっち回るから、もう疲れたよ。






 その後、俺を探しに来た新五郎に回収され、何とかことなきを得た。勝蔵の事を話すと驚いていたが、大層喜んでくれた。良かったね新五郎、これで少しは仕事減るな!




 さぁ、次はいよいよ家臣達との会談だ!








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