傅役

 

 天正九年二月 安土城




 翌朝、俺は心地よく目覚める事が出来た。


 いや〜やっぱ枕持ってきてて良かったわ。案の定用意されてたの木の枕だったし、布丸めただけのやつでも木よりはマシだよなぁ。いや、木とかマジありえんだろ……。皆、よく寝れるよな。


 起き上がり、掛け布団的な着物が横にズレる。いやはや、何枚も貰っておいて良かったよ。なんか、この時代寒いんだよなぁ。地球温暖化ってマジだったのかねぇ。


 しみじみと前世のことを思い出しながら、俺は布団から出ると、グッと身体を伸ばし眠気を覚まそうとする。襖から漏れる光から朝は来ているようだが、ふと周りを見渡しても人っ子一人いない。鳥のさえずりだけが聞こえていた。






 しっかし、まさかこんなだだっ広い寝室に俺一人通されるとは思わなかったよ。俺まだ赤ん坊なんだけど、転生者じゃ無かったら夜泣きしてるところだ。まぁ、侍女とかは近くに控えてるんだろうけどね。


(さて……と、準備しないとね)


「松、いる? 」


「はっ」


 手を叩きながら虚空へ呼びかけると、突然横に人の気配が現れた。び、びっくりしたぁ。何度やっても慣れないな、ほんと心臓に悪い。


「濡れた布を持ってきて。顔を拭きたい」


「御意」


 短く頷く。すると、松の気配はスッとなくなった。その様子に、俺は高揚感に浸される。うんうん、やっぱ忍びってカッコイイよね! ロマンだよ! 探して良かった!


  自画自賛。それでも、あの時の気まぐれを誇らしく思う。例え、それが偶然であってもだ。


 あぁ、そうだ。彼女こそが、俺の最初の成果である。






 ***






 事は、一ヶ月前に遡る。


 来たる本能寺の変を見据えて、どうしても直属の配下が欲しかった俺は、親父におねだりをすることにした。


「父上、私も家臣が欲しいです」


「ん? いや、お付きの者なら既に居るだろう。雑用なら、小姓にでもやらせれば良い」


「いえ、私だけの家臣が欲しいのです! 」


「……あぁ、つまりは郎党が欲しいのか。確かに、父上にも幼少期から交流を深めている忠臣はいる。……しかし、お前はまだ二つだぞ。ちと、早くないか? 」


 渋る親父。だが、ここで引く訳にはいかない! 俺の将来がかかっているのだ!


 ……致し方ない。ここが勝負所だ。ちっぽけなプライドは捨てよう。


「…………」


「三法師? 」


「駄目……ですか? 」


 秘技 上目遣い。僅かに涙を浮かばせながら、親父の裾を掴む。無垢な幼子にしか許されない絶技、相手は死ぬ。


「――っ!? …………はぁ、分かった。それなら、お前には傅役をつけよう。その者から、礼儀や学問を学ぶのだ。きっと、誰よりもお前の味方になってくれよう。誰か希望はあるか? 」


「……ぇ、と」


 もりやく。家庭教師的な奴……か? まぁ、大人の手を借りなければいけない場面はあるだろうし、結果オーライでしょう。


 ……しかし、親父の家臣なんざ全然知らんぞ? どうしようかな? 親父の信頼の厚い人が良いんだけど、判断基準がよく分からん! ……よし、適当に決めよう。


「父上のいつも横にいる人がいいです」


「……何? 新五郎か? ……うむ。あやつなら、俺も信頼出来るし、血筋・武勇共に申し分無いな。……よし、誰か新五郎を呼んでまいれ! 」


 おっ、これは当たり引いたか? ラッキーだぜ!


「安心せい。新五郎は、父の一番の忠臣よ! 間違いなく、お前の力になってくれよう。そして、新五郎の資質を見事見抜いた三法師は、誠に素晴らしい慧眼よな! はっはっはっは! 」


「は、はは……」


 なんか、親父も上機嫌だし俺も笑っとくか! 悪くない選択だったみたいだしな!






 この時、俺はこの選択が歴史を大きく変えることになるとは知るよしもなかった。






 その後、十分くらい待っていると広間にめっちゃイケメンな男が現れた。そうそう、この人だよ。歴戦の勇士ってオーラ放っているけど、親父や俺にはどこか和らげな雰囲気になるんだよな。ほんとなんで武将やってんだろ。顔だけで生きていけそうだよなぁ。


 イケメンは、俺達の前に来るとスッと流れるように座った。ううむ。これが作法ってやつか。……俺、無理だ。


「殿、斎藤新五郎利治、只今参上致しました」


「うむ、ちと新五郎に頼みがあってな」


「頼み……でございますか」


「我が嫡男、三法師の傅役をそちに任せたいのだ。これは、三法師たっての願いでもある。歳を考えればちと早いが、この子は聡明な子じゃ。教育も早いにこしたことはなかろう。どうじゃ、頼まれてくれるか? 」


「――っ!? 」


 親父の言葉に、イケメンは完全に固まってしまった。顔を伏せたまま微動だにしない。これはしくったかと思い、こちらから詫びをいれようとすると、イケメンは肩を震えながら絞り出すように口を開いた


「そ、某がそのような大役を授かれようとは、……感、無量にございます! ……お約束致します! 某は、必ずや、必ずや三法師様を立派なご当主に育て上げてみせまする! 」


「」


 なんと、イケメンまさかの大号泣である。親父も、腕組みしながら頷きまくってるし、傅役ってのはそんなに嬉しいことなのか? あとで、侍女にでも聞いてみるか。






 さてと、引き受けてくれるなら今はそれでいいや。早速お願いを聞いてもらおう。


「新五郎、これからよろしく頼む」


「ははっ!」


「……して、早速だが忍びが欲しいのだ。どこか、良いのはいるか? 」


「しのび……乱破のことでしょうか? 」


「うむ。出来れば、足の速い者がよい」


「……そうですな。足が速いかは定かではありませんが、調略出来そうな集団に心当たりはございまする」


「そうなのか? 」


「はっ、甲斐の歩き巫女でございます。武田家は長篠の合戦以降乱れておりますが、どうやら彼女達はその混乱の折に切り捨てられた様子。元々、扱いは最底辺でございます故、若様がお声をかければ十分に可能性はあるかと」


 ……ふーん、つまり大量リストラが発生してるから狙い目ってことか? でも、何で俺なら集まってくれるんだ? まだ赤ん坊だぞ?


「何故、私の誘いなら応えるのじゃ? 織田と武田は敵対しておるのだろう? 」


「ははっ、左様にございます。されど、若様の御母君は武田信玄が五女松姫様でございまする。若様は、正真正銘甲斐の虎の血脈。信玄公に恩義のある彼女達ならば、状況次第では応えてくれるかと」


「……そうか。では、ぜひ呼んできてくれ。金に糸目はつけぬ」


「はっ! 」


 答えるや否や、新五郎は親父に断りをいれて早々に退出して行った。頼むぞ! 俺の計画が成功するかどうかはお前にかかっている。


 となれば、残された親父が疑問を口にするのは当然の流れか。


「三法師、何故そんなにも乱破を欲しがる? あ奴らは卑しい者達だぞ? 」


「実は、文を届ける者が欲しかったのです。じい様や、父上。織田家の為に戦う兵士達へ向けて。少しでも、元気になって欲しいので! 」


「さ、三法師っ! 」


 あぁ、また泣き始めたよ。本当に子煩悩だなぁ。愛されてるのは嬉しいけど、なんか恥ずかしいな。まぁ良いか、親父お金はよろしくね!






 と、まぁそんなこんなで時が過ぎて、新五郎が岐阜へ連れて来たのは十三名の少女達だった。それも、酷く見窄らしい姿をした。


 なんでも、状況は思っていた以上に最悪だったらしく、頭領以下上層部の大人達は武田に皆殺しにされ、彼女達も飢え死に寸前迄追い込まれていたそうだ。


 なんとも、惨い。正直、俺は舐めていた。ここは、本当に戦国時代なんだなと自覚したよ。名も無く、親を失い、故郷も追われた少女達を見ると、なんともやるせなくなってくる。


(こんなの、絶対間違っているだろ)


 転生なんて漫画みたいな出来事体験したからか、俺はどこか有頂天になってたのかも知れない。けど、もうそんな甘ったれた事は思わない。そう、心に刻みこんだ。






 その後、名も無い彼女達にはそれぞれ名付けを行うことになった。頭領の娘を松、師範の娘を竹、最も優秀な訓練生を梅とし、彼女達三人を筆頭にそれ以下十人の少女達も花の名前で統一した。


 彼女達は正式に俺の直属の配下になり、ちゃんと給金も出るようにしたし、屋敷もあげたのだがその度に泣き崩れてしまうので少し大変だった。


 偶然かも知れないけど、彼女達を救えたのは俺が忍びを欲したから。少しだけ、罪悪感が薄れた気がした。






 ***






 あの日の出来事を思い出していると、松が部屋に戻ってきた。


「殿、布をお持ちしました」


「ありがとう。着替えを手伝って」


「はっ」


「……そういえば、松っていくつ? 」


「はっ、十六にございます」


 若っ! しっかし、こうして見ると本当に美人だよなぁ。クールビューティーな秘書って感じで、親父もデレデレしてて母さんに怒られてたし。多分鼻の下を伸ばさなかったの新五郎くらいだろう。何あいつ完璧超人か!


 竹は無口ジト目系美少女、梅は元気ハツラツ系美少女だし他の子も美少女集団だ。まだまだ任務は文を運ぶ事くらいしかした事がなく経験値は足りていないが、それはここからいくらでも鍛えられるだろ。彼女達は俺の計画の要だ、大事に育てないとな。






 そんなことを思いながら松に着替えを手伝って貰っていると、不意に襖が勢いよく開かれた。突然、強烈な光が差し込んだことで視界が白く弾ける。


 あぁ、嫌な予感がする。




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