安土へ
天正九年一月 岐阜城
俺が呆然としながら神を呪っている最中でも、大人達は平気な顔で宴会を続ける。
「しかし、織田家の躍進は止まりませんなぁ殿。武田も落ちぶれ、上杉も謙信が死んでからは内乱で荒れております。北条とも誼を結んでおりますし、徳川殿は長年の盟友。いやはや、順風満帆ですなぁ」
『左様、左様っ! 』
酒で酔っているのか、顔を真っ赤に染めながら陽気に笑う男。それに同調するように、周りからも笑い声が上がった。
というか、未だ飲むのか? おいおい、大丈夫かあいつ。足元に転がっている酒の器が、十個以上あるように見えるんだけど!? ……はぁ、全くいい気なもんだよ。
「うむ。織田家の大敵も残りわずか、父上の目は西に向いておる。我等は武田を攻めるのみよ。既に策は仕込んでおる、時は織田の味方よのぉ」
えらく上機嫌だな親父。まぁ上杉が動けないうちに徳川、北条と一緒に武田を潰そうと躍起になってるんだろうなぁ。
あれ? 武田滅亡って本能寺の変の三ヶ月前だっけ? 今何年なんだ? 本能寺の変は俺が三歳の時に起こるんだよな? 俺まだ満一歳にもなっていないぞ?
「そういえば明智殿が京で催しを行う手筈を整えているとか、なんでも家臣は勿論、公家の方々も参加されるとお聞きしましたが」
「馬揃のことだな。父上から話しは伺っておる。我等も参加する故お主らも準備を整えておけ」
『ハハッ! 』
馬揃!? それ知ってるぞ。確か本能寺の変の前年だった筈、それじゃあ今は千五百八十一年の一月!?
そ、そうかこの時代、歳は数え年なんだ! つまり今の俺の年齢は二歳なんだ。
清洲会議の時は身体的に実年齢二歳未満……いや赤ちゃんじゃん!? そりゃあ傀儡にされるわな……。
けど、これはチャンスなんじゃ? 親父も馬揃に参加するなら俺も連れてって貰えるかも! そしたら信長や重臣達に会えるかも知れない、好感度上げるチャンスだ!
「ちちーえ……」
「おぉどうした三法師? お腹が空いたか? 」
「行きたい」
『!? 』
俺の発言が余程予想外だったのか、親父も家臣達も急にざわつき始める。えっ? そんないけない事?
「しかし、三法師はまだ幼い。京は遠いぞ? 」
……あぁ〜なるほどなぁ、この時代は徒歩か馬だもんな。前世だったら岐阜から京都まで新幹線で一時間くらいだけど、この時代は一ヶ月くらいかかるのかな? そりゃあ、幼子には辛い旅だわな。
しかし、俺も引き下がる訳にはいかない。これを逃したら、いつ織田家家臣団に会えるか分からないからな。
「じいに、会いたい」
「……むぅ。確かに、父上に一度顔を合わせに行くのも筋と言うものか。…………よし、あいわかった。皆の者、此度は三法師も京へのぼる。兵を集め、万全を尽くすのだ」
『御意っ! 』
凄い意気込み。身体がゆらゆらと揺れてしまう。
いやしかし、過保護だなぁみんな。……だけど、ありがとう親父! これで京へ行けるぞ。いや、その前に安土城へ行くのかな? うわぁ〜楽しみだな! CGでイメージされたやつは見たことあるけど、遂に本物が見られるんだ! もうこれだけでも転生した甲斐があったな。
***
そして、時は流れて天正九年二月 安土城。
……はぁ、ようやく安土に着いたか。輿で運んで貰ったけど、めっちゃ時間かかるんだなぁ。そりゃ俺が安土城に行きたいって言いだして慌てるわけだよ。
輿が揺れないように、運び手達が細心の注意をしてもらってたおかげで気持ち悪くはならなかったんだけど、舟でマジ酔ってしまった……。
琵琶湖で近江を一気に横切って安土に着いたんだが、もう嘔吐しまくりで侍女や家臣達大慌て。迷惑かけて、マジすんません。だが、爆笑してた親父はマジ許さん。
まぁ苦労したかいあってかの幻の名城、安土城が見れるんだ! お手並み拝見といきましょう!
「…………ほへ」
「はっはは! どうだ三法師、これが天下の安土城よ。これ程見事なものは他にあるまい」
腋の下を両手で支えながら持ち上げられる。いやぁ、これは予想以上だわ。統一された街並みにそびえ立つ城。多分、この町は戦の為ではなく統治の為に造られているのだろう。見事な装飾の施された城は、自ら輝いているようにすら見える。
これは、他国の使者も度肝を抜かれるだろうな。
「さぁ、三法師よ。父上が待っておられる。支度を済ませ登城いたそう」
「はい」
短く頷き、親父の後に続く。
遂に、信長に会えるのか。……大丈夫だよな? 怖いイメージしかないけど、いきなり刀抜かないよね!? 親父から、身内に甘いって聞かされたし優しくしてくださいよ!
そんなこんなで、あっという間に身支度を整えた一行は、大広間へと向かった。その前に、あちらが用意してくれた部屋で泥を落として、めっちゃ高そうな着物を着付けして貰ったんだが……。ここでも、織田家の財力を思い知った。
前世じゃあ、着物なんて着たこと無かったから、一着幾らなんて分からんけど……なんか、この着物めっちゃ肌触り良いんですけど!? ……えっ? おろしたて? この日の為に用意した? さ、流石は織田家。財力が、ぶっとんでやがる! 俺知ってるぞ、公家や金待ちの坊さんでさえ正装を使いまわしてるんだろ。教師の雑談で聞いたことある!
いやはや、こんなガキ1人にぽんと用意しちゃうなんてどんだけだよ……。なんか、どっと疲れてしまった。
と、そうこうしてる間に到着したようだ。
「若君、こちらへ」
「うむ」
案内人が下がり、俺たちは大広間に通される。すると、そこには信長の直臣達がズラっと並んでいて此方を見ると一斉に平伏した。
これが、噂の信長オールスターズか。全然分からんな、後で教えて貰わないと。
そして、俺たちが最前列へ座ったタイミングで更に声がかかる。
「上様のおなーりー! 」
『ハハッ! 』
皆、一斉に平伏する。信長だ。俺も、合わせるように慌てて平伏すると、奥の方からズンズン足音が聞こえてきた。ドシンと、荒々しく座る音。値踏みするかのような視線。
「よい、面をあげよ」
その声に従うように、俺はゆっくり顔を上げる。そこには、女顔の優男が上座から俺に向けて凄まじいプレッシャーを放っていた。
腹に、力を込めていないと直ぐにでもまた平伏したくなるこの圧力。これで、身内に向けてのものなんざとても信じられない。これが、魔王たる所以か。
……いや、マジで怖い。これが、本当にあの織田信長? 女体化か、ショタ化、ロリ化、ケモ娘化となんでもござれのフリー素材? 創作者達、殺されるんじゃないの?
「久しいな奇妙、息災か」
「お久しゅうございます、父上。此度は、三法師を連れて参りました」
「……ほう。では、その童が三法師か」
「ピィ!? 」
ひっ、怖いっ! 視線を向けられただけなのに、心臓を鷲掴みにされた気分だ。
だが、負けていられない! 織田家の重臣達が見ているんだ! ハリボテでも笑顔を浮かべてみせろ!
「……お初にお目にかかります、お爺様。私、三法師と申しまする」
そう言って頭を下げると、途端に周りがざわつき始めた。ええ、またかよ!? もしかして、俺なんかヘタこいたか? 教えて貰った作法は、出来るだけ守ったつもりなんだが……。
「……ほう、良い目をしておる。未だ、二つとは思えんな。のぅ、権六よ」
「ハッ! まさに、大器の器かと愚考致しまする。上様の圧力にも負けず堂々とした態度を保つとは恐れ入り申した。若君は、織田家の頭領に相応しき御方かと」
「ふっ、そうよな。許せ、三法師よ。些か戯れが過ぎたな。じきに京へ参る。それまでは、此処でゆるりと休むが良い。ハッハッハッハッハ!! 」
「……ははっ」
そうして、信長は上機嫌に去っていった。……えぇ、あれ俺を試してたのかよ。マジで怖かったんですけど!
「はははっ! 父上は、ああやってよく人を試すのだ。そして、三法師はどうやら気に入られたようだな。良かったではないか」
「…………ソダネー」
瞳から光が失われる。
親父ぃ、それさぁ早く言ってよぉ! ……はぁ、もう今日は飯食って寝る!家臣達との交流はまた後日だ。もう本当に疲れた……。
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