世界線β (もし部室の鍵を閉めなかったら……)

 11月17日(水) 16:30。


「はぁ……なんで文芸部だけ旧校舎なんだよ……」


 一樹は文芸部室のある旧校舎に文句を垂れ流しながらコーヒーを買って帰ってきた。

 一番近い自販機は本校舎にあり、山の中腹に建っている旧校舎とは往復で30分ほどかかってしまう。

 早く小説の続きを読みたい一樹にとって痛いロスタイムだったが、お目当てのホットコーヒーが買えたので気分を立て直して残りの時間を優雅に過ごそうと思った。


 今日は顧問の言いつけを破って鍵は施錠しないで出たが、どうせ誰も来ることなどないから何の問題もないだろう。

 今はホットコーヒーをカイロ代わりに両手で持っていたため鍵を取り出す必要はなかったため器用に手の甲で扉を開ける

 そして足を踏み入れた瞬間、一樹は一歩目で何かを踏んだ拍子に滑った。両手にはコーヒーを持っていたので上手く受け身も取れず、不格好に尻もちをついた。


「いってぇ~~!!」


 尻もちをついた一樹の視線の先には先ほど買ったコーヒーではない缶が潰れて床に転がっていた。

 恐らく先ほど買っていた冷えたコーヒー缶だ。缶はひしゃげていて転んだ原因はこれだったんだろうとすぐに推測がついた。


── パリンッ!!


 するとその刹那、一樹の背後、旧校舎の廊下にある窓ガラスが横真っ二つに割られ床に落ち破片が散らばっていた。


「魔法を避けられたっ!!」


 窓ガラスに視線を向けていた一樹の背後から声が聞こえすぐさま声の方へ視線を移した。声の主の正体は部室の中に立っている金髪の少女だった。



「本当っ、ごめんなさい!! 私はリリィ。リリィ・アントワネット。通りすがりの魔女よ」

「通りすがりの魔女って……」


 一樹は部室に不法侵入していたリリィと名乗る少女に話を聞いていた。

 リリィは一樹と同じくらいの年齢の見た目。一樹の目線高さ位の身長で大きめの三角帽子を被り、黒をベースとしたワンピース。胸元に赤い小さなリボンがつけられていて紺色のマントを羽織っている。

 肩が露出されておりワンピースの色が肌の白さを際立てて見える。


「……ハロウィンなら2週間前くらいにもう終わったぞ?」

「ちっがーう!!」


 リリィは頬を膨らまして地団駄を踏んだ。まるで駄々をこねている子供のようでその様子が面白く一樹は笑った。


「確かに、日本人の魔女は少ないしこの町にも1人しかいないから信じられなくても無理はないけど私は本物よ!!」


 一樹の表情に毒されたのか、リリィ「はぁ……」とため息をついた。


「……あなたはこの部の部長みたいね。悪かったわ。鍵が開いていたから隠れさせてもらったわ」

「なんで俺のこと知っているんだ?」

「私は今、読心──つまり心の中を見る魔法を使ったの。一般的な情報くらいは見えるわ」


 リリィは自慢げに胸を張った。そんな様子に眉をひそめた一樹はリリィに少し挑発してみることにした。


「本当か? それなら魔法で俺の心の中を見れるならもっと俺のこと言い当ててくれよ。そうしたら信じてやるよ」

「別に信じてもらわなくても良いけど、そうね……時枝一樹。17歳。公立A高等学校2年C組、出席番号14番。兄弟姉妹はいない両親との3人家族。趣味は読書。最近観たAVのタイトルは『ちょっと過激なナースの……」

「ちょぉぉと待った!!」


 一樹は、咄嗟にリリィの口をふさいで皆まで言わせなかった。


 ただリリィの言葉は明らかに他人とは思えない情報量とその内容が的確で一樹は動揺しつつもリリィの発言に受け入れることにした。

 一樹は身元が分かったリリィに対してひとつ疑問をぶつけることにした。


「お前が魔女ということを信じるよ。……それはそうとなんでリリィはこんなところにいるんだ?」

「それは──」


 リリィが答えようとしたとき、部室の扉が勢いよく開けられた。

 扉の向こう側にはサングラスをかけた黒服の男2人組が侵入して手に持つ黒の物体でこちらに向けてきた。


「まさか拳銃っ!!」


 一樹の驚き声をかき消すかのように「「パァン!!」」と銃弾を放つ音が部室に響いた。

 しかし銃弾はジャイロ回転をさせながらも空中で止まっていた。否、リリィが一樹と男2人組の間に入って銃弾を止めていた。

 男2人組は続けて発砲をするがリリィがそれらも全弾を止める。そして銃弾を止めながらリリィは左手を上に掲げ部室の中に謎の煙を充満させた。


 行きつく暇もない戦いに置いてけぼりを喰らっていた一樹はその一連の光景を最後に意識が遠のいていった。


──。

────。


「……きえさん、時枝さん!!」

「……んぁ?」


 一樹が目を覚ますと目の前にはリリィの顔があった。一樹の頭の後頭部には生暖かく柔らかい感触があった。

 状況を俯瞰して一樹は「……これは膝枕ってやつか」と状況を言葉にした。

 リリィは頬を染めながらコクリと頷いた。


 それから一樹の意識が完全に覚醒した頃には空は夕にも沈み月が出ていた。スマホを確認すると19時を過ぎていた。

 今はお互い向き合ってテーブルをはさんで席についた。


「……ごめんなさい。先ほど催眠魔法という煙を吸わせた人物を眠らせる魔法を使ってしまい時枝さんにもかけちゃった」

「あぁ、いやそれは大丈夫。むしろあの男達が持っていたの拳銃だよな? 守ってくれてありがとう」


 今思い起こすとあの時リリィが助けてくれなかったらどこかに風穴があいていたことだろう。それが眠らされただけに変わったのならお釣りがくる。

 リリィは罪悪感からなのか自分のことを話し始めた。


「私は日本の株式会社MSCという会社が裏で不正に魔法を使用しているという情報が入り、調査と問題解決に来たの」

 

 株式会社MSCはA市に会社の本拠地を置く日本の大企業で、銀行をはじめとした事業を展開しつつ。A市にMSC加盟店のスーパー、ドラッグストアなどを数多く展開している。

 一樹は魔法の知識はないが、少なくてもMSCは何らかの悪事を働いているとのことは伝わった。


「実際MSCを調査して不正をしていることが判明して、その証拠品を押収して今日の17時に協力者と合流してMSCという組織を潰す算段まで立てていたの。その証拠品を回収したときMSCに私の存在がバレて追われていたの」


 リリィは追われている中で山でやり過ごそうとしたところこの旧校舎を見つけ偶然文芸部室に入って隠れていた。だが、身を隠していたが先ほどの男達に見つかり襲われたという。


「なるほど……大体の成り行きは分かったと思う。それでリリィはこれからどうするんだ?」

「時枝さん。実は先ほどの男2人組を眠らせるために催眠魔法を放ったんだけど……」


 リリィは部室の隅に指を指した。一樹もそれを見ると黒服の男が縛られ眠らせれていた。


「1人は魔法で上手く眠らせることができたけど、もう1人には逃げられてしまったの」

「まぁ、逃げたのはしょうがないんじゃないか。俺が困ることはないし」


 リリィが申し訳なさそうな声で話すものだからどうしたことかと思ったが、一樹としては大した話ではないなとリリィ慰める。しかしリリィは「駄目なの」と首を振った。


「逃げた男は時枝さんの顔も見ているの。私と一緒にいるところを見られた以上、時枝さんもMSCの組織から狙われる可能性がある……」

「それって俺もさっきみたいに突然襲われるみたいなかもしれないということか?」


 一樹の言葉にリリィは頷く。


「ちなみにリリィは1人でMSCの組織と戦うことはできないのか?」


 先ほど見せた戦いでは敵に逃げられたもののリリィの方が優勢に見えた。そんなリリィならMSCを相手にしても勝てるのではないかと思った。

 だがリリィは俯きながら「無理……」とか細い声で言う。


「若干名なら対処はできるけど、MSCの組織は数百人もいるの。私1人では到底倒せないの。本当なら協力者に依頼する予定だったけど、先ほどのゴタゴタで待ち合わせに間に合わず依頼ができず……」

「その協力者の連絡先は?」

「分からない。知っているのは彼女の名前とこの町に住んでいるという事だけ。彼女はこの町で唯一の魔女で『最強の魔女』と言われている。彼女なら確実にMSCが相手でも余裕だとは思うんだけど……」


 リリィの懸念を聞かされて一樹も自身がいつ襲われるか分からない危険な状況だと理解できた。

 どうにかして今の状況を打開する方法を考えて──


「俺とひとつ契約しないか?」

「契約?」

「その最強の魔女がこの町にいるなら俺と一緒に探そう。俺はこの町に詳しいから役に立つと思う。その間、俺もMSCに狙われる可能性があるから最強の魔女が見つかって事が済むまで俺の身を守ってくれないか?」


 今この状況下でリリィの目的を果たすこと、一樹の身を守るための手段として一緒に行動することが一番最適な解だと考えた。

 リリィも「なるほど……」と呟いて──


「それは良い案だと思う。時枝さん不束者ですがよろしくお願いします」


──かくして一樹達はMSCという敵と戦うファンタジーの物語が始まった。

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