俺の知らない世界
桜もち
プロローグ ※※※ 世界線α (正ルート)
パラレルワールド。これは並行世界などとも言われ、過去のある時点で分岐して併存すると言われる世界のこと。
例を挙げると目の前を歩く人物が落としたハンカチを拾う、拾わない選択肢があるとする。
拾わないと特に何も起きないが、拾うと落とした人と知り合った結果その人と結婚する未来があるという世界の結末が変わるというものだ。
このように選択肢一つ一つが枝分かれしていくことでパラレルワールドとして形成されていくというものだ。
つまりパラレルワールドとは「もしも」の数分だけ世界が存在する。
しかし実際のところ選択肢を選ぶ本人は様々な選択肢の中でどのような未来が起こるのか知る術もないわけで結果、自分が今存在しているその世界しか歩むことができない。
枝分かれする世界全体を観測できるような力がない限りパラレルワールドという世界は存在を肯定、否定することすらできないのである。
この物語はどこにでもいる男子高校生が、不思議な出来事を経験できるチャンスがあるものの結果、平凡な生活を送ることになる選択肢を選んでいるというそんなお話。
※※※
A市にある小さな山のふもとにそびえ立つ公立高校。
一樹は毎日の生活で当たり障りのない生活を送っていることにどこか物足りさを感じていた。そんな退屈な生活を忘れさせてくれるものが小説。
小説を読むとその物語の登場人物の心情が投影されて見えて不思議な出来事を疑似体験した気分になって心躍る。
一樹にとって小説は自分の心に空いた隙間を埋めてくれるものなのだ。
いつしか自分も小説の主人公のような面白い体験をしてみたいと思っている。
11月17日(水) 16:00。
一樹は今日から読み始めた小説の第1章まで読み終えると本にしおりを挟みしばし目を休めた。
「さすがに寒いな」
一樹がいる場所は今は誰にも使われていない旧校舎の校舎の一室で、今はこの文芸部の部室として使われている。
昔の建物ということもあり、暖房器具の類が一切ない。木造建築ということもあって火災のおそれのあるストーブ等の持ち込みも禁止されている。
よってこの時期になると寒さに耐えなければならない。
学校側に何かしら防寒の要望を出せばもう少し過ごしやすい環境がつくれるかもしれないが。生憎、文芸部は部員数はたったの2人。しかももう1人は1つ年下の幼馴染で、そいつも幽霊部員のため実質まともに活動しているのは一樹のみ。
そんな生徒1人のために学校側が優遇してくれるはずもない。
一樹は寒さと世知辛い現実に耐えながらコートを羽織って部室で細々と活動をする。
コートを羽織ってまで部室で小説を読みたいのは一樹にとってこの部室の雰囲気がとても気に入っているから。
確かに古い建物で遠くない未来潰れそうな気もするオンボロ校舎だが、この部室にある小説は千に届きそうなほどの数が保管されていて一樹にとっては宝の山だった。
またこの大量に積まれている本からはノスタルジックな匂いが立ちこまれていてそんな空間の居心地が良い。
……とはいえ何か温かい飲み物くらいは欲しくなってきたな。
いくら厚着したところで体温を外に逃がさないように努めているだけなので身体を温めたい。
一樹は小説を置き、授業が終わって部室に来る途中で自販機で買ったホットコーヒーを手に取る。
「うわっ、もうほとんど冷めてるじゃん……」
読み始めたタイミングで飲んでいれば、温かいコーヒーが体の芯を温めてくれたのだろうに手に取った小説に夢中になりすぎたために今ではもうほとんど缶から熱は感じられなかった。
小説の話の続きを今すぐにでも読みたいが、温かい飲み物を飲んで体を温めないと風邪をひきそうだった。
「しょうがない。もう一度買いに行くか……」
悩んだ末、一樹は重い腰を上げた。
部室には誰もいなくなったら施錠するようにと顧問から言われている。
正直一樹以外入る人間はほとんどいないが、それでも言いつけを守って部室を施錠して自販機に向かうのであった。
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