9 和解

背中にぞわっと悪寒が走る。


先ほどまで死闘を繰り広げて、勝利した男がこちらを睥睨へいげいする。

その殺意の練りこまれた瞳は私を委縮させるのに十分すぎるほどであった。


あの赤痣の男は、この目に睨まれながら戦っていたのか。なんという忍耐。なんという強さ。

私にとって悪人であると確信した赤痣の男であるが、それだけで私は称賛を送りたくなった。


一歩。男は私に歩み寄る。

おそらく、逃げられない。

殺される。

殺される。

嫌だ、嫌だ。

また死ぬなんて、私は嫌だ!


私は、必死になって自身の瞳で睨み返した。

瞳に熱がこもる。熱さで灼けるほど、目に力が入った。


男は私の視線をめいっぱい浴びると、硬直し歩を止めた。


「淫魔」スキルの緊縛の魔眼。

睨んだ対象を拘束し、力を奪う。


男はバランスを崩し、地に倒れこむ。

しかし、動けないはずのその体で私に這いずってこようとする。


私はさらに目に力を入れる。

しかし、男は止まらない。

ずるずると引きずるように、私目掛けて這いずる。


怖くて震えて動けない私は、それをただ睨むことしかできなくて、その場にへたり込む。

次第に、目に力が入らなくなってきて……。


私の視界が暗転した。






「ここは……?」


見慣れた部屋。

そう、ここは私の家だ。母さんと二人で過ごす私の家。

いつの間にか眠ってしまったのだろうか。


最後の記憶は……。


「そうだ、あの男!」


慌ててベッドから降りようとしたが、突如頭が痛くなって枕に頭を沈めた。

この頭痛は目から来ているようだ。


私はあの時、「淫魔」スキルを始めて使った。

母さんから教わった「淫魔魔法」とは別スキル。

産まれてからずっと持っていたスキルだ。


私は生まれてから特殊なスキルを5つ持っていた。正確には持っていることに後から気づいた。

「堕天」「淫魔」「飛翔」「痛覚低減」「耐寒」。

そのうちの一つが「淫魔」である。


「淫魔」だからサキュバス関連なのだと思うのだが、母さんに聞いても「『淫魔魔法』は知ってるけど『淫魔』ってスキルは知らないわねえ」とのことだった。


つまり、サキュバスだから持っているというわけでもないようだ。

サキュバス街でも訳あって顔の広いお母さんが言うのだから、そうなのだろう。


それだけ「淫魔」のスキルが珍しいっていうことだ。そのスキル内容は私でも全容が掴めない。

スキル化しているものでも、基本的にはその内容を誰かから見て教わらなければ使えない。


だからこそ「淫魔」という謎スキルに関しても、持っているだけで活用することはできなかった。

しかしあの時、私は咄嗟に男に対して緊縛の魔眼、「淫魔」のスキルを発動した。

直感的な行動だった。

死んでなるものかと足掻いた結果だった。

その結果、私は魔眼を発動させたのだ。


でも私は途中で力尽きたはずだ。

今頃死んでいてもおかしくないはずなのに……。


はて、私はなんで家にいるんだろう。


ドアがノックされ、お母さんが部屋に入ってきた。


「あら、フラム。やっと目が覚めたのね」

「……ッ! 母さん!」


だが、驚いたことに母さんの後ろに昨日私を襲ってきた男が追従していた。

咄嗟に昨日みたく緊縛の魔眼を発動する。

しかし、妙な頭痛のせいで発動には至らなかった。


「ま、待て待て! 俺は敵じゃない!」

「……え?」


男はそういうと、母さんに促されて椅子に座った。

母さんは、「起きたならご飯でも食べないとね。ちょっと作ってくるわ」と言って部屋を出て行った。

後に残ったのは、私とこの男だけ。


男はよく見たら、結構若かった。遠目からでは、その迫力もあってもっと歳が上だと思っていたが、実際には20代いかないくらいだろうか。


「最初に謝罪させてくれ。昨日はすまなかった」

「い、いえ。……でもなんで」

「はじめは新手の敵かと判断してしまったんだ。よく見れば小さな女の子だというのに。不思議なものだ」


男はそういうと、自らの身の上を話し始めた。


______________________________________


「淫魔」……謎のスキル。今のところフラムが出した緊縛の魔眼が含まれる。緊縛の魔眼は、見た対象の動きを止め、力を奪う。

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