早紀ちゃん 三つ巴編2
朝の図書室はとっても寒い。エアコンをつけるのは司書の先生が来てからだから、吐く息が白いほど。でも、私は誰もいない静かで寒い図書室は結構好きだったりする。
さむさむ言いながら、カウンターの窓際奥に視線をやった。うず高く積まれた、手作りのクリスマスブックツリー。雪で窓の外が白く光って、逆光でくっきりその形が浮き上がって見えた。一瞬、本物のツリーみたいに見えて、感動した。
すごい……
近づいて見る。あれからひとりで仕上げてくれたんだ。私は、絵本に出て来そうな円錐型の素敵なツリーをひとりで見上げた。
「奏太、ありがと」思わず声に出た。ツリーの周りをゆっくり眺める。
ふふ、と笑ってしまった。どうやら奏太は自分の好みの本を後から差し込んだみたいだった。
『黄色いアイリス』『四つの署名』『ダマシ×ダマシ』あれ、図書室にないはずの文庫もある。奏太の本かな。図書館のシールもない。何でだろう、後で聞いてみよう。
「おはよう、早紀」
穂高だ。私は「あ、おはよう穂高。早いね」と振り向いた。
彼は昨日、生徒会だよりの記事に図書委員会のツリーを載せたい、と私に話した。「ほらここのスペースにさ」ぴら、と途中の原稿を見せて。この話なら別に図書室でも良かったのにな、と思いながら会話する。二人きりなのは緊張するけど、思ったより普通にしゃべれた。
「コロナのせいでネタがないから困ってて」
「そうなんだ。うん、私は良いけど、いいの?」
「さっき見たら元の画像より小さいけど本物みたいだったじゃん!」
「それは奏太が」
穂高は「ん?」と眉を上げて「あぁ小林くん?」と言った。そう、奏太は小林。「奏太が手伝ってくれたから良くなったんだよ。委員会の時はかっこ悪かったし、私がドジっちゃってやり直したし」「ふーん」
穂高は何となくシラッとして手元の原稿を眺めた。私も彼の手元を何となく眺めて、次の言葉を待った。どうして雰囲気悪くなったんだろ。
でも穂高は気を取り直したみたいに明るい声で「明日の朝写真撮りに行くよ」と言った。
その約束通り、生徒会用のデジカメで穂高はツリーの周りをグルグル回っている。
「あー逆光になっちゃうな……あれ?」
私はカーテンを閉めようか、と窓際に足をむけたけど、穂高の声に「どうしたの」と振り返った。
「ううん、一番上に星が無いな、って。」
「あ!」
そういえば忘れてた……。
私は口を「あ」のままで数瞬固まった。
ツリーに星がないなんてあり得ないよ!「うぅ」どうしよう、星の形なんてないし。あ、黄色の本? 2冊か3冊ないと駄目だよね。星、星にする本……。星?
「あれにしよう!」私は本棚にダッシュしてお目当ての3冊を探した。でもどうしても最後の1冊が探せない。うぅぅ、と唸りながら本棚に張りつく私に「朝学習始まるよ」と穂高は私の肩を叩いた。振り向くとちょっと困った顔の彼。また穂高を無視して自分の世界に入っちゃった。
「あ。ご、ごめん」
「いいよ。2冊はあったんなら、それでいいんじゃん」
「……そだね」
誰か借りちゃってるのかな。
私は彼の言葉通り諦めて、ツリーに椅子を寄せた。
「あ、俺がやるよ。何か早紀だと危ない」
「え?……あ、お願いします……」
「でしょ?」
と、穂高は意地悪に笑うと、椅子に上って私から本を受け取り、
私はツリーの天辺を逆光に目を細めて見上げた。『星の王子さま』と『星新一のショートショート』。どちらも明るい色で、表紙に「星」が入ってるからいい感じだ。
「うんとってもいい! ありがとう穂高」
「良かったね。俺も進めた甲斐があった」
穂高は優しく笑って下りようと1度姿勢を低くした。だけど何かに気づいたようにまた真っ直ぐに立って、じっとツリーを見下ろし始めた。
その行動と真剣な表情に私は首を傾げる。
「穂高、どうしたの?」
「うん……早紀、この『スタイルズ荘の怪事件』って、図書室のシール貼ってないけど、早紀の?」
「え? あぁ、アガサ・クリスティ? あー、たぶん奏太かな。奏太、ミステリ好きだから」
「ふーん。『ささらさや』『希望が死んだ朝に』『スタイルズ荘の怪事件』『恐怖の谷』『ダマシ×ダマシ』これ全部、小林?」
「あー、うんたぶん。シールないのはきっとそう。わざわざ持って来てくれたのかな」
「わざわざ。そっか」
穂高はむ、とした顔でしばらくツリーを見下ろした後、静かに椅子を下りた。そして「早紀、やっぱり記事、先生に聞いてからで良いかな」と近づいて来る。
やけに近い。
私はあの一緒に下校したときの距離を思い出して少ししどろもどろになる。
「う、うん。私はいいけど……その」
「うん、じゃぁそうしよう。ごめんな、早く来てもらったのに」
穂高はそう言って私の頭にポン、と手を乗せた。そして手を乗せたままかがむと、私の目を覗き込んで「またね、早紀」と笑った。そしてさっさと図書室を出て行った。
穂高が出て行って、私は思わず自分のほっぺを触った。熱かった。
再びの至近距離に、心臓が驚いてドキドキしてる! やっぱり穂高は睫毛が長い、なんて何度もリフレインしてしまう。
でも何だか穂高が変だったかも、そう思ったけど、何でそうなったかが全然分からない。頬をこねながら何となくツリーを見上げた時、今度は奏太が来た。
「早紀、おはよう」
奏太の顔を見て彼への深い感謝を思い出す。私は熱いほっぺのまま駆け寄った。
「あ、奏太おはよう! ツリー仕上げてくれてありがとう! すごい素敵だよ! 家から自分の本も持って来てくれたの?」
「う、うん。どう?」
珍しく奏太が照れてる。私は可笑しくてちょっと笑った。
「すごくいい感じ。色も何となくそろえてくれたんだね!」
そう、芸が細かかった。さすがに文庫で緑色の表紙の本はほとんどなかったから『山椒大夫・高瀬舟』と『夏の庭』くらい。
図書室のシャーロックシリーズは黒い表紙でツリーの下の方を飾るにはもってこいだし、森博嗣のシリーズはカラフルでオーナメントみたいに目立つ。所々、雪みたいに白い表紙の本もいい。『ダマシ×ダマシ』『恐怖の谷』あれ? 白い表紙は奏太の本なのかな。穂高もそれに気づいたのかな。
「気づいてないみたいだな」
奏太ががっかりしたような、ほっとしたような顔で呟いた。
「何? ねぇ、この白い表紙の本て、全部奏太の?」
「! そ、そうだけど……何で」
「ううん。さっき穂高が」
「は? 穂高? なんで?」
空気が変わった。突然、ピンと張り詰めた寒さ。奏太は、怒っているみたいに眉をしかめてこっちを見ていた。私は驚いて「え、なんで怒ってんの」と、戸惑った。
「別に怒ってない」
「穂高、生徒会のおたよりにツリーを載せたいって」
「あっそ」
奏太は明らかに機嫌が悪くなった顔で私の前を通り過ぎ、椅子をツリーに寄せ始めた。「どうするの?」「……せっかく持って来たから」
空気が悪いからと逃げ出すことも出来なくて、私はただ彼を見守った。奏太は手に持った本を、穂高が天辺に立てた本に追加して三角錐の形に立てた。私は「わ」と声を上げた。『火星年代記』だ。えへへ、と笑ってしまう。
奏太が私を見下ろして目を丸くしてる。
「天辺は3冊がいいな、と思ってたんだ。本当は奏太の好きな『星の砦』にしようと思って探したんだけど、借りられてるみたいで」
「……うん」
「良かった! 天辺は『星』がつく本がいいな、と思ってたんだ。さすが奏太だね」
「ま、まぁな。……『星の王子さま』と『星新一』を選んだのはなかなかいいんじゃないの」
奏太はちょっと照れたのか顔が赤い。普段ならからかってしまったかもしれないけど、私はツリーが完成した感動と奏太とケンカしなくて済んだ気配に心からホッとしていた。
と、鐘が鳴った。
「ヤバ!」
「朝の会! 怒られるぞ!」
奏太はガタガタと椅子を片付けて、私は急いで電気を消して図書室を出た。「走れ」と私を追い越した奏太を追いかけながら、ちらっと廊下からツリーを振り返った。
朝見た時のように、逆光に影を濃くしたクリスマスブックツリーは、天辺の先まで本物のもみの木みたいに見えた。
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タイトルの頭文字をお読み下さい。奏太少年の暗号が隠されています。
『ささらさや』『希望が死んだ朝に』『スタイルズ荘の怪事件』『恐怖の谷』『ダマシ×ダマシ』
順に(作者敬称略)
『黄色いアイリス』アガサ・クリスティ
『四つの署名』アーサー・コナン・ドイル
『ダマシ×ダマシ』森博嗣
『星の王子さま』サン=テグジュペリ
『星新一のショートショート』星新一
『ささらさや』加納朋子
『希望が死んだ朝に』天祢 涼
『スタイルズ荘の怪事件』アガサ・クリスティ
『恐怖の谷』アーサー・コナン・ドイル
『山椒大夫・高瀬舟』森鷗外
『夏の庭』湯本 香樹実
『火星年代記』レイ・ブラッドベリ
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