早紀ちゃん 三つ巴編1
「早紀、図書室行くぞ」
「うん、先に行っててー」
同じクラスの図書委員で、保育園から一緒の
今から今年最後の委員会。そして、クリスマスブックツリーを作る予定。
私はちょっとした武者震いでわなわなした手をキュッと握った。奏太は長い付き合いだけあって気の合う友達だけど、お互い強気で接する相手。興奮と緊張で震えてるなんて知られたくなかった。
ちなみに彼の好きな本校蔵書は『緋色の研究』と『星の砦』と『火の鳥』。
シャーロックシリーズは彼の熱い要望で全巻文庫版が入った。曰く、「何でも小型化する恩恵を享受する世代の僕達が、野暮ったい厚い重い本を持ち歩くと思う? いや思わない。ナンセンスだ。どんな名作でも手に取らない理由になり得てしまう」と。あ、奏太のことはどうでも良かった。つまり彼は私とガチの読書仲間だってこと。
今日の予定はもちろん、時間いっぱいツリーの製作!
すでにツリーを作る準備は万端だ。今日のためにプリントも作ったし手順も何度も確認した。
さすがに先生から許可が出たのは文庫版サイズ。もし誰かがぶつかって倒れて怪我でもしたら大変、ということだ。残念だけど、納得。
『海底二万海里』の角あたりだと、記憶が飛んでもおかしくないもん。
それから、本のピックアップは奏太が積極的に手伝ってくれた。「早紀にしてはいい企画だ」なんて素直な笑顔を見せたから、ちょっと罪悪感。
だって、発案は穂高だから。でもこれは何となく誰にも言えないでいた。
だってこの前一緒に下校したこと、誰にも言えないよ! 付き合ってもいないのに! 手を繋いで帰ったんだもん……!
「早紀」なんて呼び捨てされて雰囲気に流されて歩いてたけど、だんだん手が汗ばんできて恥ずかしくってどうしたらいいか分かんないけど話すタイミングも離すタイミングもわかんなぁぁぁぁい! ってところで分かれ道になった。
穂高はそこで自然に手を離した。汗をかいてた手が、瞬間的にひんやり冷たくなって私は「ぁ」と声を出しちゃったんだ。
「じゃ早紀、また明日」
なんて爽やかにあんまりナチュラルに──手を繋いでなんかなかったみたいに──さよならって言うから! 家に帰ってしばらく悶絶した後、一緒に帰ったことを私は忘れることにした。きっと穂高はそういうの慣れてるんだ。
でも私は、誰かと手を繋いで帰るのなんて初めてだったから、恥ずかしくて仕方ない。だから穂高を避けてはいるけど、簡単には忘れられないみたいだった。
あ、ダメだ、今は委員会に集中しなきゃ! よし積み上げ頑張るぞー!
委員会が始まって、穂高から教えてもらった記事の画像を拡大した物を見ながら重ねる。皆で協力しながら。
幹の部分は3冊ずつ4方向に重ねて高さを出す。その上から枝が広がってるように飛び出す感じで本を重ねるんだけど……これが難しい! バランスよく飛び出させながら、崩れないように重ねるのが難しいのなんの。
そしてバラバラな本の上からまた幹用に3冊ずつ重ねて……それを繰り返す。
半分からは幹の部分を2冊ずつにしてどんどん尖らせていく。皆慣れない作業だけど一生懸命やったと思う。あっと言う間に委員会の終わりの時間が来てしまった。
「できたー!」「なんかバランス悪くない?」「終わったなら帰ろーぜー」「ちょっとあたしの推しが見えるところにないんだけどー」
皆口々に感想を言い合いつつ帰って行くのを尻目に、私はひとり考え込んでいた。
……思ってたんと違う。なんかかっこ悪い……
見れば見るほど不格好なツリーだった。私はそれを睨むように眺める。何が悪いんだろ。
すると先生が、私の不満を察したように「最終下校時間に間に合うなら少し残ってもいいぞ」とニヤリ笑って職員室に帰って行った。私はその後ろ姿を見送って、またツリーを仰ぎ見た。「うーん……」
と、私の横で腕組みしていた奏太がツリーに歩み出て、枝葉用に積んだ本を無造作に抜き取り始める。
「え! 奏太、崩れちゃうよ!」
奏太はうんざりした顔で振り返ると「それくらい気をつけてるよ」と口を尖らせた。そして今度は幹の位置をずらし始める。
あ! そっか! 幹が曲がってるんだ!
「わ、私も!」と、慌てて奏太を見習って幹を直す。奏太が窓側、私が入口側って感じでどちらから見ても真っ直ぐになるように直した。そうして2人で少し離れて見てみる。
「うん、いいんじゃん」
「ホントだ! さっきよりいい感じ!」
私は嬉しくて奏太の腕の制服を掴んでガシガシと上下に揺すった。
「ちょ、破れるからやめろ」
「破れるって何よ」
奏太は私の手を払いのけると、足早にまたツリーに近づいた。そして枝葉の部分の本を斜めにしたり減らしたり増やしたりしていく。
……奏太、器用……。
私は何だかいつもふざけ合うだけの奏太が頼もしく見えてきて、感動した。ぼうっと奏太がツリーを直すところを見ていたら「委員長、仕事して」と椅子に登り始めた彼に突っ込まれた。
「わ、分かってるよ」
思わずいつもの調子で返した。ちょっと気まずくて乱暴にツリーに椅子を寄せながら奏太を見上げる。すると奏太が「ん」と短く唸ると「早紀、ここ傾いてるから支えて欲しい」
と眉を寄せていた。私は「わ分かった!」と答えて慌てて奏太の側に移動して椅子に登る。「よいしょ」と、椅子の上に立ち上がった所までは良かった。けれど勢いが良すぎて、私はバランスを崩して足を踏み外した。ずる! と、靴下が強く滑って突然視界が揺れた。「早紀!」奏太が怒ったように私に手を伸ばすのが見えたけど、「あ」と思った時には本のツリーに飛び込んでいた。
***
「いやマジお前、頭ぶつけたのが『海底二万海里』じゃなくて良かったわ……」
私は「うん、ごめん」と頭をさすりながら床に落ちた本を拾う。結局、私がアタックを仕掛けたせいで3分の2が崩れてしまって、奏太にグチグチ言われながらまた積み直している。カウンターと本の上に転がった直後は本当に痛かった。いつもはそっけない奏太も「大丈夫か!?」ってすごく心配してくれた。
「あぁ失敗しちゃった」
見るも無惨な本の塊を見つめて、私は沈んだ気持ちで呟いた。泣きたくなってきた。
せっかく皆で頑張って作ったのに……
「……おい、早紀。むしろこれ、崩したから楽に直せるかもしれないぞ。致命的に曲がってたとこが直せるようになった」
「え? ほんと?」
パッと気持ちが明るくなった。ちょっと涙はにじんじゃってたけど、奏太には見えないように拭った。彼はこっちを見ないで手伝うように促した。
「ほら、やるぞ、終わらなくなる」
奏太はテキパキとカウンターに散らばった文庫本を拾い上げて積み始めた。奏太ってこんなに頼りがいのある奴だっけ、とじんわりと心が温まった。きっと崩した方が良かったなんてこと、ないよ。
すぐに奏太が「おい、早紀早く」とイライラし始めたので、私は「ご、ごめん!」と今度は慎重に椅子に登った。
***
「おー、すごいじゃん!」
2人で必死に積み直して、あとは天辺の部分を崩れないように積むだけになったとき、突然穂高が図書室に入ってきた。
私はドキッとして椅子の上から入り口を振り返った。
「お、お疲れ」
ちょっとだけ、どもっちゃったけど変じゃなかったよね? 穂高はツリーを見ながら私に近寄った。
「もう下校だけど、早紀に明日の生徒会のことで相談あってさ。」
「早紀?」奏太がツリー越しに小さく呟いたのが聞こえた。
え? その呼び方継続中だったの?
「な、何?」
「ちょっと、生徒会室に来れる?」
「あー……でも」
私は穂高の方を向いていた体を、また奏太とツリーの方に向けた。奏太は無表情で本をちょいちょいといじっては直したりしてる。
もう少しなんだけどな、それに私のせいで時間が掛かってるのに奏太だけにお願いできないよ……。そう思って断わろうとした時、奏太がぼそっと言った。
「行って来いよ、仕事じゃん」
「……でも、もうちょっとで」
「いいから。ここはやっとく。もうあと5分くらいだし」
シッシッと奏太が追い払う仕草をする。そうか仕事なら、仕方ないか。今日は奏太優しい。「ありがと、ごめんね奏太」と笑いかけて、私は椅子から降りて内履きに足を捻り込んだ。
「忙しいとこごめん、早紀」
「う、ううん」
穂高はもう入り口から半歩外に出ていたので、私は急ぎかと思ってタッと駆け出した。
「あ、早紀」
奏太から呼び止められる。
「何?」
「明日の朝、ツリーの出来、見に来いよ」
「! うん、分かった! ありがと奏太!」
私は今度こそ奏太に手を振って、穂高のところに走った。
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順に(作者敬称略)
『緋色の研究』アーサー・コナン・ドイル
『星の砦』芝田 勝茂
『火の鳥』手塚治虫
『海底二万海里』ジュール・ヴェルヌ
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