早紀ちゃん 手を繋ぐ編
12月の図書委員会の企画を明日まで出さなきゃならず、私は思わずため息を吐いた。
企画書だなんて、全然思いつかないよー!
今年はコロナの影響で、うちの中学は体育祭や合唱コンクールが中止になった。生徒会の活動もほとんどなくて、唯一忙しいのは保健委員長と図書委員長、そして前に出ることの多い生徒会長だ。今日も生徒会室でソーシャルディスタンスを守りながらそれぞれの仕事をしている。
どうして図書委員長が忙しいって?
だって、学校でも家でも出来る密にならないことって読書でしょ!
ここぞとばかりに新刊を買ってもらおう、と古参の図書委員──主に中3。受験はどうした!──は息巻いてるし、もっと貸出し数を増やすために図書室のレイアウトを変えたいっていう強硬派──腐のつく人達が住民権を確保しようとしている──もいる。
そうでなくても先生達からも「図書委員会の出番だ」なんて焚付けがあるから困る。
委員長の私は完全に板ばさみ状態だよ……
「瀬尾としてはどうしたいの」
私が白紙の企画書を前に何度もため息をついたからか、見かねた生徒会長の穂高が相談に乗ってくれることになった。彼と向かい合って座るのは初めてかもしれない。
穂高は中学2年の時、私達の学校に転校して来た。すぐクラスに馴染んだなと思ってたら、バスケ部の部長になって気づいたら生徒会長にも立候補。
もちろんシンデレラボーイ的なセンセーションで圧勝。
すごいな、と私は他人事に思っていたけど、うっかり図書委員長になっちゃったもんだから、それから生徒会室で彼と話すことが増えた。
彼は誰にでも優しい。
「んー。部活出来ない時間とか冬休みの間の貸出し数を増やしたいんだけど、とりあえずは図書館に足を運んでもらいたいかなって。今だとただ本が置いてあるだけだからレイアウト変更も手かなって……委員会の中からは大がかりなレイアウト変更を希望する人もいるんだけど……委員会が集まるのも制限あるし」
「そうだよな、確かに図書室は教室からちょっと遠いから、普段読書しない奴は足が向かないよなー」
向かいに座る穂高の大きな手がぴら、と企画書を持ち上げた。ちょっとドキッとした。バスケやってるからかな、骨張ってて大人みたいな手に驚いた。
「あーでも俺、あれ見てみたいな」と、独り言みたいに穂高が呟く。長い睫毛がほっぺに影を落としていた。
「瀬尾、今日一緒に帰ろう、見せたいのがある」
伏せていた目がいきなり私をじっと見たから、またちょっとドキッとした。
なんだろう。
私は心あたりがなくて、話が終わった後も教室に鞄を取りに戻る間にもソワソワした気持ちで過ごした。
彼は一部の女子がざわつくシンデレラボーイ的生徒会長。私にはちょっと分からないけど、彼はイケメンなのだそうだ。しかも優しいキャラが相まってファンクラブがあるとかないとか。アイドルに全く興味のない私はその話を聞いても、へぇ、くらいの反応しかできない。
でも、「一緒に帰ろう」なんて男子から言われたのは初めてだったから、なんでかって考える程、ほっぺが赤くなるのが分かった。
えぇぇ! なんか恥ずかしい!
「ほら、これなんだけど、企画にどうかな」
学校の正門を出て、すぐに彼が私に見せたのはスマホ。そうか、学校の中では緊急時以外電源入れられないもんね、と状況を把握して、ほんの少しだけがっかりした。
いやいやがっかりって何!
でも彼のスマホを覗き込んだ私は、すぐに画面に釘付けになった。
「わ! 本のクリスマスツリー! すごい素敵!」
小さなスマホの四角の中には、緑色の装丁の本が互い違いに積み上げられて、ツリーを形づくっていた。そして天辺には赤い本。
一体何冊使っているんだろう。図書室の本でやってみるとなると、こんなに同じ本は無いから厚さや色をよく考えて重ねないといけないな。幹の部分と枝の部分と……
ハッとした。
「ご、ごめん!」
私はひとりで考え込んでいたことに気づいて、穂高にスマホを返した。考え込むと周りが見えなくなるのは悪い癖だ。今も、穂高のスマホを握りしめて、きっと数分はぼんやりしてたに違いない。
気づけば周りは暗くなり始めていて、少し冷え込んできたみたいだった。
穂高は「いいよ」と笑ってそれを受け取ってくれた。私はホッとすると同時に、もう一度学校に戻りたくなった。今すぐ蔵書を確認して出来るかどうか考えたい!
「穂高、ありがとう! 私、今から学校行ってくる」
「え? なんで? 帰ってるのに?」
「だってそれ、やりたいんだもん! 明日、先生に許可もらうには出来るかどうか……」
「ストップ瀬尾」と、穂高は私の肩を軽く叩いた。あ、と口を開けて私は静止。途端に捲し立てた自覚に恥ずかしさが覆った。穂高は苦笑していた。
「ご、ごめん。とっても素敵なアイディアだから、早く試したくなっちゃって……」
「……瀬尾が喜ぶと思ったら、喜び過ぎて焦った」
「ご、ごめ」
穂高は「謝んなくていいよ。俺が教えたんだし。……喜んでくれたの、嬉しい」と嬉しそうに顔をほころばせた。私はそれにホッとして「ありがとう」と笑みを返す。えへへ、と見つめ合いながら
でもどうしても気になるな。やっぱり学校に戻ろうかな
そんな風に考えた時。薄暗い空気の中で、つ、と穂高の視線が下がって、また長い睫毛が影を落とした。
「でもさ」と差し出す大きな手。視界が彼の顔でいっぱいになる。瞳が合わさった。
「今日は俺と帰る約束だろ、早紀」
そう至近距離で言うと穂高は私の手を取って、きゅっと握った。
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