Spica@乙女座 

 >見える? 20:34

 >全然。曇ってるから無理そう 20:34

 >そっか残念。こっちは晴れてる! 20:42

 >いいなぁ、見たかったなぁ 20:43

 >頑張って写真撮る 20:50

 >スマホじゃ難しそう 21:01

 >やってみる 21:02


 ふぅ。残念だな。見たかったなぁ、ふたご座流星群。

 せっかくお母さんに頼み込んで、5分だけ外に出ていいって言ってもらえたのに。曇って見えないんじゃ、結局外に出れない。

 昨日熱を出して、喘息も出ちゃって薬漬け。まだ微熱あり。背中には気管支拡張シール。痒い。でもそれで治まってるから我慢しないと。はぁー。


 >今ひとつ流れたの見れた! 21:22


「いいなぁ」

 >良かったね! 21:23


 SNSで知り合った、KEN@星好き高校生──ケンと仲良くなって初めての流星群。夏のペルセウス座流星群の投稿に、お互い反応したことがきっかけで遣り取りするようになった。ペルセウス座流星群は、家族と見て本当に感動した。あんなに流れ星が見られるなんて、絵本かファンタジーの世界だけだと思ってた。

 だから今回の流星群も楽しみしてた。

 ケンと、離れた場所でも一緒に見られるのを何週間も前から楽しみにしてたのに。


 ぼふん、と枕に沈む。今は学校に行けるかどうかの瀬戸際だ。21時過ぎたから習慣で電気も消した。今夜はこのままケンからの楽しそうなメールを眺めて終わっちゃうのか。

 つまらない。

 ごろ、と向きを変えて窓の外を見る。家は町から離れてて、学校もスクールバスが迎えに来るくらい山奥だ。本当なら少し歩いて開けた場所に出るだけで星なんて見放題なのに。今、ベッドから見えるのは曇って真っ暗な空。はぁ、つまんない。


 ピロン

 >スピカ、流れ星は映ってないけどアプリで写真撮れた。 21:25


 少しウトウトとして、顔をベッドに押しつけたまま片手でスマホをタップする。白い液晶の光に目が灼かれる。もう返信も面倒くさい。

 でも、送られて来た写真は「わ!」と声を上げるほど綺麗に撮れていた。

 オリオン座のベテルギウスが赤くくっきり見える。


 >すごい! きれい! 21:25

 >でしょ! 21:27


 さっきまでつまんなかった気持ちが画像ひとつで明るくなる。何枚も方向を変えて送られてくる画像に見入った。そしてそのまま、いつの間にか眠ってしまった。


 ***


 ピロン

 ハッと起きた。

 あ、寝ちゃってた!

 一気に覚醒したせいで、咳が出た。コンコンとひとしきり咳をして少しずつ深呼吸する。

 カーテンを開けたまま寝たから少し寒かったのかもしれない。閉めないと母さんに怒られちゃう。

 カーテンを閉めた。


 ピロン

 あ! ケンかも!

 急いで画面を開く。


 >スピカ? 寝た? 21:34

 >大丈夫? 熱? 21:50

 >おやすみ。また後で動画送る 21:53


 ピロン

 >動画明日でいいから見てね。 22:56

 >おやすみ! 22:57

 >VID_20201213_225029 22:57


 今送られて来たのは動画だった。

 焦って返信をしようとして、間違った。動画をタップしてしまった。


 定点カメラのように手ぶれがない。固定してるんだ。少しぼやけて、数瞬ごとにペタペタと絵の具を塗るような色の変化。ちょっとぼやけた、でも白くて強い点が散りばめられた画面。何となく赤いのはベテルギウスかな。1等星は問題なく見えるみたい。さすがにスマホじゃ仕方ないか。

 見る前に返信した方がいいかな。


 突然。つぅ、と硝子窓の雫が描くような軌道。つぅ、つぅ、と思ったより遅く、でも考えるより速く流れる星。

「わぁ! 撮れてる! すごい!」

 その後も何度も流れる。

 あ! 願い事忘れてた!……これはもう過去の流れ星だけど願い事、しなきゃ。

 次の流れ星で、と固唾を飲んで画面に食い入る。


 つぅ、

 息を吸


『スピカと高校卒業までに会えますように───!』

『……あー言っちゃったー』

 ガザゴソ、ガザ


 ……動画は停止して再生ボタンの三角が白く浮かんだ。


「わ、わあぁぁぁぁぁぁ……!」

 顔を覆った。胸がドキドキして体があわあわと震える。

 い、今すぐ! メール! 返さなきゃ!


 >私も! 会いたい!


 そうケンにメールを返した瞬間。

 晴れ渡った冬の空で星がつぅ、と流れたのを、私は知らない。

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