第37話 再開
ユイは目の前の女性のことを全く知らない。
だが、なぜか涙が溢れて止まらないのだ。
「久しぶりに歌ったから、歌詞忘れちゃったかと思ったけど、結構覚えてるもんだね」
女性はそう言ってユイに微笑みかける。
「凛、どうして泣いてるの? 私たちはお互いが望みさえすれば、いつでもこうやって昔の姿のまま出会えるっていうのに……」
見知らぬ女性が自分に語りかけるその一言一言が、ユイの身体の奥深くにまで染み渡り、自分の中にもう一人別の存在が立ち現れてくるような感覚を覚える。
ユイはごく自然に、目の前の見知らぬ女性に手を伸ばそうとした。
「動くな! 手を上げろ!」
突如、テントの中に男の声が響いた。
女性の背後で、天堂仁が拳銃を突きつけていた。
エレベーターで地上に上がったソーカー達は、すぐさま待ち受けていた車に乗り込んだ。
しばらくして、ソーカー達の乗った車を背後から激しい衝撃波が襲った。
後部座席のカリンが振り返ると、グラウンド・ゼロの方角から、とてつもない轟音とともに巨大な火球が立ち上るのが見えた。
「連中、地下施設に戦術核ミサイルを叩き込んできたか。まったく無駄なことを」
ソーカー達の車は、しばらく汚染区域の廃墟の中を進み、どこからどう見てもただの廃ビルにしか見えない場所で止まった。
カリンとエチカは、ソーカーに促され、その廃ビルの中に入った。
廃墟にしか見えない外見とは裏腹に、ビルの地下階に入っていくと、そこは大小様々なモニターで埋め尽くされていて、さながら何かの指令センターのようである。
地下室には、ざっと十数人の人間があれこれ忙しく立ち回っていた。
「ソーカー様! 事前にご連絡いただければ、こちらからお迎えに上がりましたのに」
メガネをかけた白衣姿の小太りの男性が、地下に入ってきたソーカー達に気付いて立ち上がり、声をかけた。
「いや、君たちの作業を邪魔しちゃまずいと思ってね。どうだい主任、首尾の方は?」
「はい、使える衛星には、すべてこちらからアクセス可能な状況です。中継機能も問題ありません」
「エチカ! しばらくぶりだな」
ソーカーとここの主任と思われる男が話し込んでいる間に、一人の若い男がエチカに近づいてきて声をかけた。
「秀! あなた、こんなところに……」
「そりゃ、こっちのセリフだ。後夜祭の最中、君が突然いなくなって焦ったんだぜ。まあ、ソーカー様の元にいるって聞いて安心したけど」
「ここは何なの? 私、地下深くにあるドームみたいなとこで気がついてから、ずっとソーカー様に連れ回されて訳わかんなくて……」
「ここはね、覚醒した『純粋存在』が奏でる調べを全世界に届けるために、私が特別に用意した施設なのさ。新山秀、彼も今、ここのスタッフの一人として働いてもらってる」
エチカの背後から、ソーカーが答えた。
「地下施設の中でも言ったが、我々にはもう一人重要な人物が欠けてる。『純粋存在』の『口』の役割を果たす子だ。私は、今からその子を迎えに行ってくる」
「その子って……」
「ああエチカ、君の想像している通りだ。孤高の女王だった君が初めて
「その荒屋敷ユイがここに来るまでに、君たちには準備をしといてもらう。主任!」
ソーカーに呼ばれて、先ほどの小太りの男が再びやってきた。
「カリンとエチカのシンクロテストをやっておいてくれ」
「了解しました」
男の合図とともに、正面の巨大なモニターに一人の女性の顔が映し出された。
その目鼻立ちは、どことなくカリンと似ていた。
「カリン、エチカ、さあ私と一緒に天界に捧げる歌を奏でましょう」
モニターの女性が、カリンとエチカに向かって語りかけた。
「三神先輩、その引き金を引くことで、あなたは再びカタストロフの引き金を引くことになるかもしれないんですよ……」
背後から銃を突きつけられながら、エリカは恐怖も焦りの表情もまったく見せずに、静かに天堂仁の方に向き直った。
「オレを脅してるつもりか、塩海エリカ」
「脅してる訳じゃありません。私は、あなたに心底同情してるんです。可哀想な人だなって」
「オレが可哀想だと!」
「そうです。世界を廃墟にしてでも、凛と結ばれたいというその妄執。それこそが凛を先輩から遠ざけているのに、それに今も気がつかない」
「聞いたふうなことを。凛と一つになりたいというのが妄執なら、それはお前も同じだろうが、塩海エリカ! しかもお前らは女性同士、自然の摂理に反する振る舞いだ!」
その言葉に、エリカはふっと笑う。
「先輩、あなたは凛のことを少しも見てないんですね。あなたが見てるのはいつも自分のこと。自分の中のドス黒いものを凛が何とかしてくれると思い込んでる。凛の中にも自分と同じものがあるってひどい勘違いをして」
「その口を塞げっ! 凛にまとわりつく、この亡霊がっ!」
激昂した天堂仁の構える銃口が火を吹いた。
「エリカっ!」
ユイは思わず見知らぬ女性の名前を叫んでいた。
ユイが気がついた時、あの見知らぬ女性の姿はなく、目の前には額を撃ち抜かれた天堂仁の身体だけが横たわっていた。
「やれやれ、間一髪だったな。あのままだと君が撃ち抜かれるところだった」
テントの中にはいつの間にか拳銃を持った男がいて、ユイに声をかけた。
「天堂仁、この男がいなかったら、君もここまで見事に覚醒することはなかったろう。彼に感謝したまえ、荒屋敷ユイ」
「あなたは……」
「私は、アゼル・ソーカー。君を迎えにきた」
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