第36話 導き
国連平和維持軍のパーマー少佐は、突入部隊から次々と送られて来る報告に苛立ちを隠せないでいた。
国連軍は、数日前から「グラウンド・ゼロ」の地下数百メートルで異常なエネルギー反応を検知していた。
「グラウンド・ゼロ」の地下数百メートルには、厳重に封鎖されたカタストロフ以前の秘密施設が存在しており、その地下施設から地上でも検知できるほどの異常なエネルギーが放出されていたのだ。
このため、国連軍はパーマー少佐率いる特殊部隊を危険を承知でその地下施設へ強行突入させたのである。
「少佐、このままでは部隊は全滅です」
「わかっている」
パーマー少佐の真後ろでは、作戦の進行を国連信託統治理事会のツァオ理事とリンデル高等弁務官が見守っていた。
「先行した突入部隊からの通信、全て途絶えました」
通信兵からの報告に、パーマー少佐は歯軋りをする。
「止むを得ん。全部隊一時撤退だ!」
「ツァオ理事、国連本部へ至急増援をお願いしたい。このままでは、第三次カタストロフの発生を招きかねない」
「それはいけませんなあ。ですが、残念なことにすぐの増援は無理そうです」
ツァオ理事は、全く表情を変える事なくパーマー少佐にそう宣告する。
「あなた方事務方は、アレの危険性が全くわかっていない! 事は急を要するのだ!」
「まあ、落ち着きなさい少佐。我々も無策というわけではないのですよ。すでに安保理の承認を得て、東京湾に原子力潜水艦が展開している」
「原子力潜水艦だと!?」
「そうです。いざとなれば、あそこに核ミサイルを叩き込めばいい。なあに、元々汚染された地域の地下深くだ。大した影響はありませんよ」
ツァオ理事は、事もなげにそう言ってのけた。
「理事、あなた正気か!?」
ツァオの発言に、リンデル高等弁務官が色をなして詰め寄る。
「正気も何も、原潜派遣については、安保理の軍事参謀委員会が決定した事で、信託統治理事会も了承済みの事項です。アレを野放しにすることは、周辺国にとっても安全保障上の脅威ですからね」
「そんな重大事項が、現地責任者である私になぜ一言も相談がないのです! 核の使用によって、住民に直接被害が及ぶ可能性もあるのですぞ!」
強硬に抗議するリンデルに、ツァオはため息をついて見せる。
「リンデル高等弁務官、あなた、あのアゼル・ソーカーという男に随分良いように使われましたな」
「ユイ、突然どうしちゃったんだろう……」
「体温も平熱だし、呼吸も安定してるみたいだから、身体の方は大丈夫そうだけど……しばらくは、私のとこで寝かせといた方が良いかもね」
「ありがとうございます、ミチルさん」
「よしてよ。私はあなたたちの助けになりたいの。落ち着くまで二人でここにいるといいわ」
その言葉に再び頭を下げるナギに、ミチルは笑って首を振った。
その夜遅く、ミチルの寝室にナギが慌てた様子で駆け込んできた。
「ミチルさん! ユイがいない!」
ユイの寝ていたベッドはもぬけの殻である。
「一体どこに行っちゃったの……」
少しでも手がかりがないかと部屋の中を探し回るうちに、ナギは別れ際に天堂仁が言っていた言葉を思い出した。
「ミチルさん、昨日私とユイに聴かせてくれたあの歌の音源データもらえます?」
ナギはミチルからもらった音源データをフィジカルミュージック用のチューニングユニットにセットすると、それを持って外に飛び出した。
「ナギちゃん! どこに行くの!?」
「わかりません! でも、ユイの身体から今も放たれてる旋律が、きっと導いてくれるはずです!」
カリンとエチカは、ソーカーに先導されて、地下施設の通路を歩いていた。
時折、遠くから爆発音のような音が響いてきて、その度にソーカーが歯をむき出しにして、ひどく悪趣味な笑みを浮かべる。
「バカな連中だ。『純粋存在』が覚醒した今、ここはもう役目を終えたタダの抜け殻に過ぎない。カリン、君の父親にやってもらう最後の仕事だ。我々を邪魔する連中を彼に殲滅してもらう」
ソーカーがそう言った直後、地下施設内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
ソーカーは、カリン、エチカと共に、警報音を背にしながら通路の行き止まりにあるエレベータへと乗り込んだ。
「カリン、これで君のお父さんとも永遠にお別れだよ。さよならは言わないのかい?」
だが、ソーカーの言葉にもカリンは黙って首を振るだけだった。
やがて扉が閉まり、エレベーターは凄まじい速度で上昇を始めた。
それからほどなくして、地下施設が閃光とともに大爆発を引き起こした。
(ここはどこだろう……)
ユイの周りには、黒々とした土に覆われた広大な広場のようなものが広がっていて、それを取り囲むように廃墟と化したビル群が延々と連なっていた。
広場の中央には、荒廃した周りの風景とは不釣り合いな真っ白なテントのようなものがあった。
ユイの足は、自然とその白いテントの方へと向く。
(歌?)
ユイがテントに向かって足を踏み出すと、その方向から歌声のようなものが響いてきた。
それは、どこかで聞いたことのある歌声、旋律である。
(これは昨日、ミチルさんのとこで……)
ユイは歌声に誘われるまま白いテントに向かって歩き、その入り口に立った。
いつの間にか、歌声は聞こえなくなっている。
ユイは意を決し、テントの中に入った。
「お帰りなさい、凛」
テントの中でユイを出迎えたのは、塩海エリカであった。
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