第33話 破局

 装甲車両の中で、先ほどまでエリカといた黒服の男、小田おだ伊士郎いしろう3佐は市ヶ谷の防衛省情報本部との無線通信を行なっていた。


(その後、『対象』の状態は?)


「大地震以降も継続監視を続けていますが、今のところ対象が放出しているエネルギーに大きな変化は見られません」


(しかし、彼女が地下施設で接触したものは本当に『対象』だったのか?)


「先ほど彼女から聞いた話から察するに、『対象』そのものではなく『対象』に干渉する存在でしょう」


(あの久野原博士『だったもの』か?)


「恐らく。あの時の急激なエネルギーの変動は、彼との接触が引き金になった可能性があります」


(厄介だな。『対象』の中に過剰な『ゆらぎ 』を引き起こす変動要素が存在する限り、このような大災厄が再び引き起こされる可能性があるということか。米国もすでにこの地震が通常の地震活動ではないことに気づいていて、我々に探りを入れてきている。恐らく当該施設についても既に把握されているだろう。ロシアや中国も我が国周辺で偵察活動を活発化させている。だが、この非常事態に政府は今もって機能不全の状態だ。この状態で『対象』に再び異常なエネルギー反応が発生した場合、我が国は間違いなく危機的状況に陥る)


 その時、装甲車の中にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。


「地下施設のカプセル内に急激なエネルギーの変位が見られます!」


 監視員が小田3佐に報告した次の瞬間、エリカのいたテントの方向から閃光が放たれ、続いて爆発音が鳴り響いた。



「塩海君、大丈夫か?」


 エリカは小田3佐の腕の中で目を覚ました。

 エリカの数十メートル先では、黒煙が立ち上っている。


「テントで爆発があって、君はあそこからここまで吹き飛ばされたようなんだ。だが、無傷でよかった」

「凛は……あそこに、凛がいたんです!」

「君は久野原凛に会ったのかね!?」


 エリカはうなずく。


「凛を助けてください!」

「わかった。君は、ここにいなさい」


 小田3佐はいまだ黒煙を上げているテントの残骸に近づく。

 テントはかろうじて一部の骨組みだけが残っていて、ほとんどが燃え尽きていた。

 その傍らに、ひどい火傷を負った若い男性が倒れている。


「君、大丈夫か!」

「凛は……凛は……」


 その若い男性、三神立志もうわ言のように凛の名前を呼んでいた。


「君も凛を見たのか……しっかりしろ、おいっ!救護班!」


 小田3佐の呼びかけに、慌てて救護員が駆けつける。

 小田3佐はテントの残骸の中をくまなく探し回ったものの、凛のいた痕跡らしきものは何も見つからなかった。



「凛は、凛はいましたか?」


 エリカの問いかけに小田3佐は首を振る。


「残念ながら、凛さんがいた痕跡は何もなかったよ」

「そうですか……でも、確かに私、あのテントの中で凛と会ったんです」

「塩海さん、一つ聞いていいかい。あのテントには、君ともう一人別の男性がいただろう。彼は一体何者だ?」

「あれは、同じ大学の先輩です」

「君の大学の先輩がなぜあんなところに?」

「わかりません。でも、先輩が突然、凛を……私、何もできなくて……」


 エリカはそう言うと、顔を覆って泣き出してしまった。


「なあ塩海さん、私と一緒にもう一度あの地下施設の中に入ってくれないか?」


 小田3佐の言葉に、エリカは顔を上げる。


「私も、凛さんに会いたいんだ」



 意識を取り戻した三神立志は、救護テントの中で歌を聞いた。


「歌が聞こえませんか?」


 三神の問いかけに、隣のベッドで寝ていた中年男性が不思議そうな顔をする。


「いや、何も聞こえないよ?」


 しかしその歌は、その後1ヶ月以上にも渡って三神に聞こえ続けた。

 火傷が治り、ようやく歩けるようになった三神は、廃墟と化した東京の街を歩き、死んだはずの凛と再開したあの研究施設へと再び足を運ぶ。

 研究施設の前に着いた三神の耳に、再びあの歌声が響いてきた。

 三神は、真っ赤な夕焼けを背に、ビルの屋上で歌う人影を見た。

 三神は、歌声につられるようにビルの屋上に登る。

 一人の女性がビルの屋上から廃墟と化した東京の街に向けて、どこか悲しいような、それでいて優しく包み込むような不思議な声を響かせながら、歌を歌っていた。


「お前は、塩海エリカ……」


 エリカは振り返ると、三神に向けてにっこりと微笑みかけた。


「先輩、私、今とても幸せなんです。こうして歌を通じていつでも凛と繋がれるので」

「なんでお前なんだ! なぜ、凛はオレじゃなくてお前を選ぶ!」


 憤怒の形相で、三神はエリカに歩み寄る。


「先輩、私と凛は、もう身体も心も一つです。あなたがいくら足掻こうが、私と凛はあなたには永遠に手の届かないところにいる」

「くそっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ!」


 三神はエリカの首に手をかけた。

 エリカは三神に抵抗もせず、静かに目を瞑る。

 ビルの屋上から、夕陽に照らされた人影がゆっくり地上に落ちていった。



 その日の夕刻、東京は再び大きな揺れに見舞われた。

 先の大地震の余震かと思われたが、そうでは無かった。

 あの地下施設を持つ研究所で、凄まじい閃光とともに地上全ての建物を跡形もなく吹き飛ばす大爆発が発生したのである。

 その後間をおかずして、東京の至る所で稲妻のような地割れが次々に起こり、そこから眩い閃光が放たれて、地を揺るがす巨大な爆発が立て続けに発生した。

 後に第二次カタストロフと呼ばれる大惨事が発生したのである。

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