第30話 狂気
エリカが連れ去られしばらくして、再び塩海家の玄関のチャイムが鳴らされた。
「エリカ、出て! エリカ!」
「まったくもう、どこに行ったんだか」
呼びかけに応じないエリカにブツクサ文句を言いながら、エリカの母親は玄関のドアを開ける。
ドアの外にはエリカと同年代と思しき若い男が立っていた。
「あっ、初めまして。オレ、エリカさんと同じ学科で3年の三神立志って言います」
三神は、大学の学生証をエリカの母親に見せる。
「エリカさん、うちのゼミの先生の研究に協力してもらってて、今日も実験に協力してくれてたんですけど、エリカさんが帰った後、うちの先生がいきなり追試験やり出したいって言い出しちゃって」
「それで、研究室に戻ってきてもらったのは良いんですけど、エリカさん、慌てて家を出てきて荷物を忘れたみたいで……」
「それで、わざわざ家まで荷物を取りに」
「はい、いつも大学に持って行ってるバッグを持ってきて欲しいと。あっ、財布と携帯はエリカさんが自分で持ってるみたいなんで、安心してください!」
最初は不審そうに眉をひそめていたエリカの母親も、三神の説明に納得したようで、エリカの部屋からバッグを持ってきた。
「わざわざすみませんね。中に大したものは入ってないようですけど、エリカに渡してください。まったく、慌て者なんだからあの子は」
「いえ、それじゃ失礼します」
三神はエリカの母親からバッグを受け取り、一礼すると去っていった。
エリカの母親からバッグを受け取った三神は、何の躊躇いもなく、バッグの中を漁る。
(あったあった、これだよ)
三神は、バッグの奥に隠すように仕舞われていた一枚のCDを取り出した。
CDは薄いビニールケースの中に入っていて、表面は真っ白で何も書かれていない。
(この中に、凛の魂を煉獄から解き放ってくれる旋律があるってか)
三神は薄笑いを浮かべながら、CDを顔の上に持ち上げると、銀色に輝く記録面を眺める。
(しかし、凛の親友がこの大学に入ってくるとはな、こりゃ運命の導きだ)
「だがな、塩海エリカ、凛の魂はな、お前じゃなくて本来オレと共鳴すべきなんだよ」
そう言うと、三神は突如CDを路上に叩きつけ、そのまま足で踏みつけにして、粉々にする。
「凛を牢獄から救い出すのはオレの役目だ。誰にも邪魔はさせねえ」
三神立志が久野原凛と初めて会ったのは、中学の時である。
凛は、父親の再婚相手の連れ子だったのだ。
初めて会った凛は、ガサツな男所帯で育った三神には異次元の存在に思え、その可憐な容姿と佇まいに、ひと目で心を奪われた。
だが当の凛は、三神と全く打ち解けようとせず、家でも決して自分から話しかけてこようとはしなかった。
それだけでは無い。
凛は母親の再婚相手である三神の父親とも、会話はおろか目すら合わせようとはしなかったのだ。
そんなよそよそしい関係が続くうち、やがていつの頃からか、三神の父親は凛に頻繁に暴力を振るうようになった。
当時、事業に行き詰まっていた三神の父親は、ストレスをため込んでいて、凛の自分を避けようとする態度に憤り、激しい暴力を振るうようになったのだ。
三神の父親の凛への暴力は次第にエスカレートし、ついには、当時中学生だった凛に対し性的暴行まで犯すようになった。
父親の蛮行は程なく三神も知るところとなり、自分の父親がよりにもよって凛をレイプしていることに激しく怒り狂った。
それは、凛のためというより、自分より先に父親の方が凛をものにしてしまった事に対する怒りである。
ある日、三神は父親が凛を犯している現場に踏み込むと、背後から金属バットで父親を滅多打ちにした。
父親は頭蓋骨が陥没するほどの重傷を負ったものの一命は取り留めた。
結局、この事件がきっかけとなって、三神の父親と凛の母親は離婚することになった。
三神自身も父親に対する傷害容疑で保護観察処分となり、高校を退学することになったのである。
それから2年ほどして、三神は大学入学資格検定に合格し、都内の大学へと進学した。
大学では、保護観察官とのやり取りの中で興味を持った心理学を専攻した。
(凛、今のオレの姿を見せてやる。待ってろよ)
三神は父親が離婚した後も、一方的に凛に思いを寄せていて、三神たちに知らせぬまま引っ越した凛と母親の転居先を自ら調べ上げていた。
ある日、三神はその転居先に、事前になんの連絡も寄越さぬまま、いきなり訪れた。
アパートの一室から姿を現したのは、すでに高校生になっていた凛であった。
久しぶりに会う凛は、中学生の時より背は伸び、さらに華やかな美人に成長していて、三神はその美貌に一瞬気圧される。
「よお、久しぶり。元気そうじゃん。その制服、高校生になったんだな」
玄関先で挨拶する三神を制服姿の凛は一瞥しただけで、そのまま黙ってドアを閉めようとした。
「おいっ、待てよ! お前をあの極悪レイプ犯から助けてやった恩人に対する態度がそれか?」
「あなたとは、もう赤の他人。これ以上、私らに関わらないで」
だが、三神は凛が閉めようとするドアに手をかけて止めると、ドアの隙間から無理やり玄関の中に入り込んだ。
「悲しいこと言うんだな。一時期は家族として一緒に暮らしてたのに」
「家族? 私、一度もそんなこと思ったこと無い」
「じゃあ、これからオレと家族になれよ。今からでも良いぜ」
「ふざけないで。早く帰ってくれない? じゃ無いと警察呼ぶわよ」
「オレはな、お前をここから救い出しに来たんだ。余計なお世話とか言うんじゃ無いぜ。一緒に暮らしてた時からそうだったが、お前、今でも母親から嫌われてるだろ」
三神の言葉に凛は無言である。
「オレは知ってんだよ。なんせ、お前が実の父親を実の母親から奪い取ったみたいなもんだからな」
次の瞬間、三神は凛から思いっきり頬を叩かれた。
凛は三神を玄関の外に突き飛ばすと、ドアを閉め鍵をかける。
「おいっ、凛開けろ! お前、いつまであの毒親と一緒にいるつもりだ? お前と家族になれるのはオレだけだって良い加減気付け!」
三神はそう叫んで、何度もドアを叩くが、二度とその扉が開くことはなかった。
その後三神は、アパートの外で凛の帰宅を待ち構えるようになった。
三神は凛の腕を掴み、アパートに押し入ろうとしたところを近隣の住民に通報され、警察に捕まった。
三神は、凛が自分の腹違いの妹だと言う事を警察に説明して、なんとか釈放されたものの、今後は二度と凛に近づかぬようにとの厳重注意を受けた。
(くそっ、なぜオレがこんな目に合う。オレは凛を救った恩人なんだぞ。凛から感謝されても嫌われる筋合いなんざねえ!)
凛に拒絶されるたびに、三神はそんな手前勝手な思い込みを強くしていった。
凛の実の父親は研究者であった。
ただ凛は、実の父親がどんな研究をしていたかは知らない。
父親の帰宅はいつも夜遅く、休日も家にいることがほとんど無かったため、あまり顔を合わせる機会がなかったことだけを凛は良く覚えている。
そんな父親が、たまたま終日家にいたことがあった。
当時、凛は小学校の高学年だったが、いつも不在がちな父親がずっと家にいることに、居心地の悪さを感じていた。
母親は用事があると言うことで留守にしており、家には凛と父親の二人きりであった。
「凛、今日はね、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん、いつもお父さんお仕事忙しくて家にいないだろう。だから、今日はお父さん、凛のことについてもっと良く知りたいんだ」
そう言って、父親は凛を自分の書斎に連れて行く。
「凛、服を脱いでくれないか?」
「えっ!」
「服を脱いでお父さんに身体を見せなさい」
実の父親の口から放たれたその言葉に、凛は頭が真っ白になってしまい体が動かない。
「凛のことをよく知るためだ。お願いだ」
「えっ、でも……」
父親の言葉に混乱して理解が追いつかない凛。
だが、父親は両手を合わせて懇願し、凛に近づいてくると服を脱がせようとする。
「お、お父さん、ちょ、ちょっと待って! じ、自分で脱ぐからっ!」
この状況を良く飲み込めないまま、凛は顔を真っ赤にしながら、とりあえず服を脱ぎ始めた。
実の父親とはいえ、小学校高学年にもなると、自分の裸体を目の前に晒すのは恥ずかしい。
さすがに下着まで脱ぐのは躊躇われたのだが、拒絶を許さぬような父親の視線が怖くなり、凛は仕方なにし下着も脱いで全裸になる。
「その手をどけなさい。何も恥ずかしがることはないよ。」
父親は、恥ずかしくて股間を隠している凛の手を払い除けると、ほんのり膨らんだ胸や無毛の股間を凝視する。
「凛、初潮はまだかい?」
凛は俯き、もじもじしながらうなずく。
「そうか、ちょうど良かった。少し痛いかもしれないが我慢しなさい。」
凛は全裸のまま床に押し倒された。
いつの間にか父親の下半身にそそり立つものを見て、凛は悲鳴を上げそうになるが、口を塞がれた。
そこから先は、凛はよく覚えていない。
凛は、いつの間にか自分の下半身が血で濡れていることに気づいた。
奥の部屋からは、母親の金切り声が響いてくる。
凛はそのまま意識を失った。
その後も、凛はたびたび望まぬまま父親と身体を重ねた。
父親によると、この背徳的行為は「非常に大事な実験」なのだと言う。
「これが実験?」
「そうさ、お母さんは全く理解してくれないけどね。おかげで、お父さんはケダモノ扱いさ」
「凛、お前の身体は、この後宇宙とつながる存在になるんだ。この地上でも唯一無二の純粋なる存在に生まれ変わるんだよ。素晴らしいだろう! そのための『種』をお父さんはこうやってせっせと凛に仕込んでるのさ。父と娘の方が、この世の誰よりも魂の結びつきが深いからね」
父親の言っていることは凛には全くわからなかった。
ただ、自分が父親の道具にされたことだけは完全に理解した。
同時に、激しい嫌悪感が心の中から湧き上がってくるのを感じていた。
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