第26話 懐疑

 病院を退院したユイは、ナギとともに久しぶりに13街区のスタジオへ顔を出した。


「仁さんいないみたいだね……」

「あのオヤジ、ユイが意識失ってる間、ほとんど病院に顔を見せなかったんだよ。ミチルさんなんて何度もお見舞いにい来たのに」


 ナギが天堂仁を「あのオヤジ」呼ばわりすることに、ユイは驚きつつも苦笑する。


「ナギがいない時に来てたかもしれないじゃん」

「どうだかねえ。今日だってユイが退院する日だって知ってるはずなのに、迎えにも来ないしさ」

「ナギ、どうしたの? 随分、仁さんにあたりキツイけど」


 天堂仁の話になると、不快そうに眉をひそめるナギの様子を見てユイは尋ねる。


「ねえユイ、これからどうしたい?」


 ナギはその質問には答えず、逆にユイに今後の事を尋ねてきた。


「私、橘エチカに会って話がしたい」


 ユイは即答した。


「そうか、ユイはエチカの事知らないんだよね?」

「どういうこと?」

「エチカね、行方不明なんだ。ユイと派手にユニゾンしたあの時からね」


「おう、ユイ、元気になってよかったな」


 二人が話しているところに、突然、天堂仁が大きな声をかけながらスタジオに入ってきた。

 彼の姿を見て、ナギはあからさまに不快な顔を見せる。


「仁さん、エチカが行方不明って本当?」

「ナギから聞いたのか。あの後夜祭の時から所在不明って話だ。今も警察が捜索中さ」

「もしかして、私たちのあのパフォーマンスが関係してたりする?」

「それなんだがな、さっきまでオレはUNポリスで事情聴取されてたんだ。近々、ユイとナギにも話を聞きたいそうだ」

「エチカのアバターをハッキングしましたって?」


 ナギが皮肉っぽくそう言うと、天堂仁は苦笑する。


「エチカのチューニングチャンネルをお前らがハッキングしたのは、UNポリスもとっくに把握してた。なんで、オレもお前らに実害が及ばない程度に状況は説明はしたがな。まあ、お前らのパフォーマンスがエチカの失踪に直接関係があるとは、警察も思っちゃいないだろうよ」


「それは置いといて、ユイとナギ、喜べ。これまでのお前らの評判聞きつけて、さっそくパフォーマンスを披露して欲しいって依頼がきてる。場所は第3街区のホテルニュークレアだ。お偉いさんが集まるパーティらしいから、あまり無茶なもんはできねえな。どんなパフォーマンスがいいか、ミチルと相談しといてくれ。これからマスメディアも含めて、どんどんこういう依頼が増えるぞ。この旧東京を抜け出して、世界に通用するパフォーマーになる足がかりにするんだ」

「その前に一つ聞いていい?」


 ナギがやけに饒舌な天堂仁の言葉を遮ると、その目を真正面から見据えて尋ねる。


「仁さん、ユイをどうする気?」

「どうするって、どういう事だ?」

「後夜祭でパフォーマンスの最中にユイが意識失った時、仁さん『アイツが来た』って言ってたよね? 『アイツ』って誰?」

「それ聞いてどうする」

「仁さんの返事次第じゃ、私とユイはこのままここを出てくしか無い」


「それについては私が答えよう。良いな天堂仁、いや三神みかみ立志たつじ


 ユイの口から突如出たその名前に、天堂仁は目を見開いた。



 気がついた時、カリンは広大なドーム型の空間の中にいた。

 カリンは床からゆっくり起き上がり、あたりを見回す。

 照明のようなものは特に見当たらないのだが、壁面全体が発光しているのか、ドーム内は柔らかな光に満たされていた。

 カリンはドーム中央付近に白い棺のような物体が置かれているのに気づく。

 それは『彼の地』に置かれていた、御神体にも似ていた。

 白い棺のようなその物体には、上部に小窓のようなものが付いている。

 恐る恐る近づいたカリンが小窓を覗き込むと、中に若い女性の顔が見えた。


(死んでる?)


 だが、棺の中の女性の肌には生気があり、ただ眠っているだけのように見える。


「『野良猫』が紛れ込んだか」


 背後で男の声がした瞬間、カリンは一瞬で白い棺を飛び越え、凄まじい勢いで空中を回転しながら棺の向こう側に着地する。


「なかなかの身体能力だな。あの荒屋敷ユイに少し似ている」

「あなた、誰?」

「それを聞くのは私の方だ、真明智会の巫女よ」


 男はそう言うと、カリンの顔を真正面からじっと見つめる。


「似ているな……やはり君はアレの『娘』か……私が呼ぶまでもなく、アレがここに君を呼んだと言うわけだな」

「ここは、どこ?」

「ふふっ、質問の多い『野良猫』だな。よろしい、君たちの教主様すら見たことのない物を見せてあげよう」


 男はそう言うと、カリンに向けて手を上げる仕草を見せた。

 すると、いつの間にかカリンの両手首には、金属製の手枷がはめられていた。


「何これっ! 外してっ!」


 突然拘束されたカリンは、手枷を外そうと必死でもがく。


「不自由な思いをさせてすまないね。ただ、君の身体能力を警戒してね。そいつは一見金属製に見えるが、仮想表示されているだけで、実際は目に見えない電子的な枷なんだ。君がいらぬことをすると、身体に不愉快な事が起こるから気をつけたまえ」


 男がドームの壁に向かって手をかざすと、継ぎ目の全く見当たらないドームの壁面に、いきなり長方形の空間が出現する。

 空間の向こうには、白い光に満たされた長い廊下が続いていた。


「私についてきたまえ。大丈夫だ。大人しくしてもらいたいだけで君を傷つけるつもりは無いよ」


 廊下に向かって歩き出した男の背を睨みつけながら、カリンは後を追った。

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