第24話 復活

 UNポリスが現場から完全に撤退したことを確認すると、国連平和維持軍のパーマー少佐は、部隊に前進命令を下す。


「回収対象の周りの『障害物』は適宜排除せよ」


 ほどなくして銃声が聞こえ、御神体の周りで熱心に祈りを捧げていた真明智会の信徒たちが次々と倒れた。


「みな、怯むな! 彼ら彼女らは、常世神様にその身を捧げた殉教者である。常世神様が真にお目覚めになるまで、我ら誰一人として祈りを絶やしてはならぬ!」


 信徒たちが銃弾に倒れるのを目の当たりにしながら、教主田沼公聖は声を限りにしてそう叫ぶ。

 銃声と悲鳴と信徒たちの祈りの声と教主の絶叫とが入り混じった、そんな異様な空間で、カリンだけは周囲の狂騒を他所に、ただただ舞い続けていた。

 やがて御神体から、美しい歌声のような音色とともに、眩い光が溢れ出した。

 眩い光は、その周囲を舞い踊るカリンの身体を次第に包み込んでいき、やがてカリンの舞そのものが光の渦と化していく。


「おおっ! 常世神様がお目覚めになられようとしている!」


 大きく手を広げ、立ち上がった教主田沼公聖の頭を銃弾が貫いた。



 エチカはいつの間にか廃墟の中にいた。

 夜だったはずなのに、夕暮れ時のように周りの廃ビル群が赤く照らされている。

 エチカは自分の足元に、長い人影が伸びていることに気づいた。


(誰?)


 まるでエチカの心の声が聞こえたかのように、ビルの屋上に立つ夕陽を背にした人影の主が、信じられないほど透き通った歌声を響かせた。

 すると歌声に誘われたかのように、ビル群の屋上を2つの影が大きく飛び回る。


(あれは……)


 影のうち一人の姿に、エチカは見覚えがある。


(さあ、あなたも踊って……)


 エチカの「中に」声が響いた。

 その声は紛れもなくあの歌声の主であることをエチカは理解する。

 エチカは、沈みゆく夕陽に向けてゆっくり右手を上げると、重力というものをまるで感じさせないまま、ふわりとその身を宙に浮き上がらせた。


 夕闇に染まる廃墟の中、この世のものとは思えぬ透き通った美しい歌声を中心に、三人の少女たちによる果てのない輪舞ロンドが始まった。



「一体何が起こっている! 報告しろ!」

「そ、それが……」



 パーマー少佐は、前線からの通信が次々と途絶することに苛立ちを隠せない。

 最前線から送られてくる映像では、上空も地上も全てが眩い光に覆い尽くされていて、周りの様子が全く視認できないのだ。


「このままでは埒があかない。状況を確認する。ついてこい。」


 パーマー少佐は数人の部下を引き連れて指揮所を飛び出すと、真明智会の御神体が鎮座するグラウンド・ゼロに向かった。

 眩い光は、御神体の方向から四方に発せられている。

 その光は、眩いまでに明るいのだが、目に突き刺すような鋭さはなく、まるで空間全体を柔らかな光の膜で包んでいるようであった。

 だが、周囲の至る所に光が満ちているため、周りの様子をはっきりと確認することができないのだ。

 パーマーたちは、光に満たされた空間の中を慎重に進んでいく。

 しばらくして、パーマーの足元に何かが突き当たった。


(人間!?)


 パーマーたちが足元に目を凝らすと、地面に無数の人間が横たわっていた。

 その大部分は、真明智会の信徒と思われたが、ところどころに平和維持部隊の兵士も混じっている。


「少佐、これは……」

「通信が途絶したのはこの有様のせいか」


 一人の兵士が、足元に倒れていた兵士のメディカルデータをチェックする。


「息はあるようです。意識を失っているだけかと」

「了解した。まずは回収対象の状態確認と確保が最優先だ。このまま先に進むぞ」


 やがてパーマーたちは、光の源とでもいうべき場所にたどり着いた。

 その傍には、一人の男が頭から血を流して横たわっている。


「真明智会の教主のようです」

「すると、あそこにあるのが連中の御神体とやらか」


 御神体は眩い光に包まれているため、その輪郭がはっきりしない。


「通信では、あそこから歌声のようなものが聞こえていたと……」

「歌? そんなものは今まで聞こえなかったぞ」


 パーマーたちが会話していると、突然御神体を取り巻く光が揺らめき出した。

 それは光そのものがグニャリとねじ曲がるような不思議な揺らめき方で、パーマーは一瞬自分の視界が歪んだのではと錯覚する。

 するとパーマーたちの目の前で、その光がスッと立ち上がった。

 光は次第に人の輪郭を形成し、たなびく長い髪と美しい曲線を描く女性の姿となって立ち現れた。

 その信じがたい光景を目の当たりにして、パーマーも兵士たちも驚きのあまり、その場に立ち尽くしたまま動けない。

 光によって形作られたその女性は、パーマーたちの方を真っ直ぐに向くと、口元をわずかに動かした。その仕草は、パーマーたちに何事かを語りかけているようにも見える。

 次の瞬間、女性の身体を形成していた光の塊が、渦を巻きながら周囲を満たしている全ての光を集め、一つの巨大な光柱となって夜空に駆け上った。

 パーマーたちが気がついた時、あれほど周囲を照らしていた光は全て消え去り、目の前には白い棺のようなカプセルだけが横たわっていた。

 我に返った兵士たちは、慌ててカプセルの元に駆け寄る。


「少佐、回収対象を確認しました。ですが……」

「どうした?」

「空です。カプセルの中身がありません」


 兵士の報告を受けて、パーマーがカプセルの中を覗き込むと、そこにはがらんどうの空間だけが広がっていた。

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