第23話 祈り
UNポリスに包囲されているというのに、数千もの真明智会の信徒たちは振り返りもせず、御神体に向けて一心不乱に祈りを捧げ続けていた。
御神体のまわりでは、カリンが人間技とは思えぬ凄まじい高さの跳躍を披露しながら、激しい舞を舞っている。
ジリジリと包囲の輪を狭めていく警官たちの耳に、耳慣れぬ、それでいて何か心をざわつかせるような不思議な音色が響く。
そのうちに、何人かの警官が頭を抱え、その場にうずくまり始めた。
それでも警官たちは足を止めずに進み続ける。
だが脱落する警官たちの数は次第に増えていき、やがて、全ての警官たちの足が止まってしまった。
「どうした!」
「そ、それがどの隊員も酷いめまいと吐き気を訴えていまして、これ以上は全員一歩も進めない状態です」
前線からの報告に、後方車両の中で指揮を取っていた警備部長が苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「部長、本部から緊急連絡が入っています」
「こんな時に何だ?」
「それが、全部隊即時撤退せよと……」
「何だと!? 一体どういうことだ!」
作戦途中での突然の撤退命令を受けて、怒り狂った警備部長は、オフにしたインカムに向け下品なセリフとともに罵詈雑言を吐き散らす。
それからほどなくして、唸るようなローター音とともに、UNポリスが展開している空き地に数機のVTOL機が次々と着陸してきた。
VTOL機からは、完全武装した防毒マスク姿の兵士たちが続々と降りてくる。
その中の一人の兵士が、仁王立ちで出迎える警備部長の前に進み出た。
「国連平和維持軍のパーマーです」
胸の階級章からすると、少佐らしい。
「平和維持部隊がここに派遣されるとは、我々は聞いておりませんが」
警備部長は、不愉快な表情を隠そうともせず、暗に抗議の意思を込めた返答を返す。
もっとも、双方防毒マスク姿で、相手の表情など良くわからないのだが。
「何分急なことでしたので、UNポリス側へのご連絡が遅れてしまいました。高度な治安維持に関わるとの国連本部の判断により、これより本件は、我が部隊が責任を持って処理いたします。UNポリスは至急この場から撤退いただきたい」
(国連本部からの要請だと!?)
つまりは、現地のUNポリスに関わって欲しく無い案件なのであろう。
警備部長は、突然現場に割り込まれた事に怒り心頭になりながらも、そう理解した。
「我々もつい先ほど、本部より撤退命令を受けたばかりです。これより全隊員を撤退させますので、しばらく時間をいただきたい。あと、対応されるにあたって一つご忠告を……」
「何でしょう?」
「隊員に耳栓を配っておいた方がよろしいかと」
カリンは御神体の周りを無心に舞っていた。
カリンの目には、両手を組み天を見上げる教主田沼公聖の姿も、祈りを捧げる大勢の信徒たちの姿も、その中のジイの姿も、どれも全く目に入らなかった。
ただ、目の前の「その人」とだけ、自らの肉体が生み出す音で会話していた。
「その人」は言う。
(あなたたち三人で手を繋いで)
(三人?)
(そう、三人。二人は『柵』の外でもう手を繋いでる。でも、それだけじゃまだ足りない。あなたの音を二人の元に送り届けてあげて)
(でも、どうやって……)
(私が、手伝ってあげる)
「その人」がそう言うと、白布に覆われた御神体の中から、これまでに聞いたことのないような不思議な音色が響き渡った。
その音色は、周りの信徒たちにも届いているようで、中には感極まってボロボロと涙をこぼすものもいた。
(カリン、踊って)
「その人」に促されるまま、カリンは御神体の周りで激しく舞い踊る。
カリンには、その御神体から発せられた歌声のような不思議な音色が、巨大な波紋となって旧東京の夜空に広がっていく様がはっきりと見えた。
パフォーマンスが進むにつれて、エチカの身体から渦を巻く光が溢れ出した。
やがて光は、エチカの身体全体を包み込み、光の球となって周囲を眩く照らす。
その中でエチカが、舞い、踊り、華麗な音色を響かせるたびに、回転する光球からは色とりどりの無数の光の粒がシャワーにように周囲に降り注ぐ。
この世のものとも思えぬその神秘的な光景に、観客の誰もが歓声をあげた。
それは、ユイが割り込んでくる事も折り込み済みで、このパフォーマンス全体を演出していた新山秀にとっても予想外の光景だった。
(これは、エチカの体表のナノコートが発光しているのか? しかし、エチカのナノコートにはここまで光を放つ機能など無かったはず……)
眩い光は、エチカのアバターが配置されていた場所からも放たれ、街中を貫く光の柱となって、アバター同士を次々に結びつけていく。
さらにその光の柱は、一直線にエチカのもとに向かい、エチカを包み込んでいる光球と融合した。
同時に野獣の遠吠えのごとき力強い音色が、渦巻く巨大な波濤と化して街中を席巻する。
(面白い! でも、これはあの方が望まれていたものなのか?)
全てを飲み込み融合した光の渦は、旧東京の夜空に立ち上り、力強いリズムを刻みながら、これまで誰も聞いたことのないような煌びやかな音色を紡ぎ出し、街中を覆い尽くしていく。
その幻想的な光と音の饗宴をストリートに満ち溢れた観客たちは、陶然とした様子で見上げていた。
だが突如して、巨大な星雲のごとき光の渦は霧散した。
はるか彼方から祈りにも似た美しい歌声が響いてきて、たちまち夜空を覆い尽くしたかと思うと、その音の波が光の渦を飲み込んでしまったのだ。
(何事だ!?)
これは新山秀にも、さすがに予想外の出来事あった。
しばらく呆然と夜空を見上げていた新山秀であったが、ハッとしてエチカがいるはずのステージに目をやる。
そこには、先ほどまであれほど眩く輝いていた光球も、エチカの姿もどこにもなかった。
(エチカ、どこ?)
先ほどまで光の渦の中で、ユイはエチカと二人、時に手を繋ぎ、時に足を絡ませながら、軽やかに舞い踊っていたはずなのに、目の前にいたはずのエチカがどこにも見当たらない。
それどころか、自分の周囲から音も光も全て消え去り、ユイは、漆黒の闇の中を漂っていた。
(ここは、一体……)
しばらくして闇の彼方から、ユイの耳ではなく、身体そのものに直接語りかけるような歌声が響いていきた。
その透き通るような美しい歌声は、これまで聞いたことの無い旋律でありながら、ユイはどこか懐かしさを覚える。
歌われている言葉は、どこの国の言葉にも似ていないのだが、不思議な事にユイにはその意味がはっきりと理解できた。
(そう……エチカはそこにいるのね……)
エチカは闇に包まれた深い海の中をその歌声だけを頼りに進んでいった。
「ユイ! ユイ!」
パフォーマンスの最中に突然倒れたユイの肩をナギが必死で揺する。
だがユイは浅い呼吸のまま意識を取り戻す気配が無い。
「仁さんどうしよう。ユイ、意識が無い」
今にも泣き出しそうな顔で、ナギが天堂仁に訴えかける。
だが、天堂仁の反応は予想外のものだった。
「これだ! オレはな、こいつを待ってたんだよ。そうか、ついにアイツがユイのところに来たか!」
天堂仁は、満面の笑みを浮かべながらナギの肩をがっしりと掴む。
その狂気の表情に、ナギは何か得体の知れない恐怖を感じた。
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