第21話 祝祭

 今年の真珠杯も橘エチカと新山秀のユニットの優勝で幕を閉じた。

 初の旧東京での開催、しかもストリートでの開催であったが、大きな混乱もなく、後夜祭を迎えようとしていた。


「こうした大規模イベントが何事もなく開催できて、まことに喜ばしい。これもリンデル弁務官が旧東京の治安回復に尽力したおかげですな」


 真珠杯の出場パフォーマーたちによる、華やかな後夜祭のパレードを見ながら、ニューヨークの国連信託統治理事会から派遣されてきたツァオ理事が、作り物めいた笑顔をリンデルに向けた。


「いえいえ、これまでの理事会のご助力があってこそです」


 リンデルとしては精一杯の皮肉を返したつもりだったが、ツァオに通じている様子はなく、チェシャ猫のごとき笑みを向けられるだけである。

 このツァオ理事、リンデルの後任と目されている人物であった。

 温厚そうな風貌ではあるが、なかなかの食わせ者で、理事会がこの人物を派遣して来たということは、単なる現場の視察目的では無いというメッセージだろう。


「ところで、こんな華やいだ場で口にするのも大変心苦しいのですが……」

「何でしょう?」


 リンデルは怪訝な顔でツァオに尋ねる。


「例のもの……いわゆる『純粋存在』と呼ばれる物の行方がいまだ不明だとか」


 ツァオの口から漏れ出たその言葉に、リンデルの顔色が変わる。


「いやあ、困ったものですな。『純粋存在』の所在が確認できぬと、信託統治理事会も一部の常任理事国の強硬意見を抑えられなくなりそうでしてな」

「理事は私を脅迫なさるおつもりですか?」


 リンデルの言葉にツァオは声を上げて笑いながら頭を振る。


「脅迫だなんてとんでもない! あなたに理事会の懸念をお伝えしたまでです。ただ、私の方にも情報が上がっていましてな」

「このところ旧東京で急激に信徒を増やしている真明智会という宗教団体のことは、とっくにご承知のことでしょう。そこの御神体が『純粋存在』ではないかという話があるのですよ。弁務官殿のところには、この情報が上がっていないんですかな?」


 当然のことながら、ツァオの話した情報はリンデルも把握していた。

 このため、真明智会の御神体を確保しようと、これまで何度もUNポリスを動員して捜索を行なってきているのだ。

 だが真明智会は、この御神体を汚染区域内の中で常に移動させていて、UNポリスもなかなかその所在を掴めずにいた。


「それにしても、旧東京の地下深くで厳重管理されていた『純粋存在』が、どのようにして外部に持ち出されて、あろうことか胡散臭い新興宗教団体の手に渡ったんでしょうなあ」


 ツァオはその作り物めいた笑顔を貼り付けたまま、リンデルに顔を近づける。


「そ、その件につきましては、目下調査中です……」


 リンデルは引きつった笑顔を見せながら、そう答えるのが精一杯であった。


「連中は今晩、グラウンド・ゼロで何らかの儀式を行うのではという情報が私の元に入ってます。そこに彼らの言う『御神体』が持ち込まれるのではありませんか?」

「は、はい、私たちもそう考えて、グラウンド・ゼロにはUNポリスを派遣しています。御神体も彼らが儀式を行う前に強制確保する予定です」

「手ぬるいですなあ……」


 リンデルの言葉にツァオは大きくため息をつく。


「弁務官殿、汚染区域には『最初から人などいなかった』のですよ」


 ツァオがそう言い放つと、リンデルの頭上に武装したVTOL機の編隊が現れた。



 後夜祭では、真珠杯の優勝者、橘エチカと新山秀によるパフォーマンスが披露されようとしていた。

 エチカと新山秀は、ストリートの一部ではなく、旧東京全体を丸ごとステージに見立てて、街の各所になんと12体ものエチカ自身のアバターを出現させた。

 そのアバターを中心にして、半径十数メートル以上にも渡って波紋のように光の輪が広がり、その華やかな光景そのままに煌びやかな音が溢れ出す。

 エチカは、その12体のアバターを巧みに操りながら、アバターたちとともに舞い、踊り、旧東京中に響き渡る音の大伽藍を築き上げる。

 それはかつての華やかな東京の姿を音によって再現させようとする試みのようにも見えた。

 真珠杯のフィナーレを飾るにふさわしい、この大規模なパフォーマンスに観客は熱狂した。



 ユイとナギは、エチカの見せるパフォーマンスに圧倒されていた。


「どうした? エチカに聞かせるんじゃなかったのか、お前の音を」


 天堂仁がユイの背中をその無骨な手のひらで叩く。


「ユイ、行こう。エチカのパフォーマンスって、私らがストリートでやってたのをアバター使って大規模にしてるだけだよ。こんなの、どう見ても私らに対する挑戦状でしょ。アバターなんかじゃ絶対真似できない、ユイの生身のパフォーマンスをエチカに見せつけてやろうよ」


 ナギの言葉に、ユイは黙ってうなずいた。


「ユイ、これからエチカのアバターの1体をユイの身体にリンクさせる。そしたら、ユイは思いっきり自分の音をエチカにぶつけて。それがうまくいったら、残りのアバターも順次ユイの身体にリンクさせて、エチカとの1対1のパフォーマンスに持ってくから」

「ナギ、お前の腕を疑ってるわけじゃないが、大丈夫か? 相手はあの手練れのチューナー新山秀だが」

「それがね、本戦の時からなぜかエチカのチューニングチャンネルってフルオープンだったの。正確に言えば、私がいつもユイとの間でチューニングを行うチャンネルに向けてだけ、開放されてたって言えば良いかな。」

「それって……」


 ユイは大きく目を見開いた。


「かかってこいって事でしょ」


 ナギがニヤリと笑う。



 そこは何も無い場所だった。

 ただただ、真っ黒な土が広がるばかりで、瓦礫どころか塵のようなものすら見当たらない。

 そんな廃墟の中にポッカリ穴が開いているように広がっている不毛な大地の中央に、白い『幕屋』が設置されていた。

 すでに日は落ち、『幕屋』の周りの篝火だけが、黒い大地の上に参集した数千の群衆の顔を照らしている。

 数千の群衆は、声ひとつ上げず、ただ押し黙ったまま『幕屋』の方を見つめていた。

 やがて『幕屋』の中から、一人の若い男が群衆の前に姿を現した。

 真明智会の教主、田沼公聖である。


「皆、よく集まってくれた。『幕屋』に在わす常世神様が、今、まさに目覚めの時を待っておられる。常世神様がお目覚めになるその時こそ、この地が世界の『神都』となる日」


 公聖の言葉とともに、『幕屋』がゆっくりと開き、白布に覆われた棺のような物体が群衆の目の前に姿を現した。

 同時に、不毛の大地に、数千の群衆の歓喜の声が木霊する。


「これより、常世神様にお目覚めいただくための舞を奉納する。皆ひざまずき、祈りを捧げよ!」


 群衆の前に、顔面に朱色の文様を塗られ、頭に勾玉のような髪飾りをつけた、純白の貫頭衣姿の少女が進み出る。

 カリンである。

 貫頭衣からのぞくカリンの手足や首筋は、篝火の揺らめく炎に照らされるたびに、キラキラと銀色に輝く。そう、カリンは全身にナノコートを塗布されているのだ。

 カリンは裸足のまま、一歩一歩黒い大地を踏み締めるようにして、白布に覆われた御神体の周囲をゆっくりと歩き始める。

 一周、二周と御神体のまわりを周回するごとに、カリンの歩みは次第次第に早くなっていく。

 やがてカリンは手足を大きく広げると、まるで飛ぶように御神体の周りを舞い踊り始めた。

 すると、カリンの流麗でダイナミックな舞いとともに、不毛の大地の上に花を咲かせるが如き美しい音色が流れ出した。

 群衆は、その美しい音色に合わせ、一斉に祈りの真言を唱える。

 漆黒の大地から廃墟のビル群へ、群衆の地響きのような祈りの音色が広がっていく。


 その時である。

 突如として、群衆に向けて四方から強烈なサーチライトが照らされた。


「UNポリスだ! 全員そこを動くな!」


 群衆に向けて、拡声器で威圧的な呼びかけが行われる。

 黒い不毛の大地、旧東京の第二次カタストロフの引き金を引いたグラウンド・ゼロの周りは、防護服姿の大量の警察官たちによって包囲されていた。

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