第20話 遷座

 橘エチカと新山秀のユニットは、今回も真珠杯決勝まで進んできた。

 出来レースだとの声もチラホラ聞かれたが、やはりエチカのパフォーマンスには頭抜けたものがあり、誰もが納得せざるを得なくなるのだ。

 しかも今回、エチカのパフォーマンスには変わった趣向が凝らされていた。

 旧東京のストリート各所にエチカのアバターを実体表示させ、そのアバターたちにエチカ本人のパフォーマンスをそっくりそのまま披露させたのである。

 アバターは計5体いて、パフォーマンスに合わせてそのアバターからも音楽が奏でられる。

 さらにチューナー新山秀の手によって、アバターごとにそれぞれ微妙に異なるチューニングが施されていて、同じパフォーマンスでも異なる音色を奏でるのだ。

 そうやって、エチカとそのアバターたちは、これまでにない音色を紡ぎ出してきた。

 エチカとアバターたちが同時に乱舞すると、街中至るところでカラフルでバリエーション豊かな音色が溢れ出し、見事なハーモニーを響かせる。

 その見たこともないパフォーマンスに、ストリートは異様な熱狂に包まれた。


「ああいうのもアリなの?」


 準決勝で、惜しくもエチカのユニットに敗れた伊月リコが、少し悔しそうにそんな言葉を漏らす。


「俺は面白いことするなって思ったがな。正直、このところのエチカは自分自身のパフォーマンスに退屈してるみたいな雰囲気あったしな」

「だから、今回は私らにも勝機あったはずじゃない。煕生はお人好し過ぎんのよ」


 伊月リコが、白洲煕生の太い首に腕を絡めてぼやく。


「でも、さすが『無敗の女王』っていったところですね。やっぱ一筋縄ではいかない」


 ナギが、感心したというより半ば呆れたように言う。


「多分、あなたたちの動画見て、やる気になったんじゃないの? 『無敗の女王』も」


 伊月リコの言葉にナギは苦笑するだけだったが、もしエチカがユイのパフォーマンス動画を見ていたのなら、前回の延長のようなパフォーマンスを披露するとはとても思えなかった。


(ただ、まさかこんな手の込んだ事してくるとは思わなかったけどね)


「やっぱり、アバターはアバターにしか過ぎないみたい。決勝まで来てるのにエチカつまんなそう」


 観客を沸かせているはずのエチカのパフォーマンスを見ながら、ナギの隣でユイがボソッとつぶやく。


「そう思うんなら、お前があのアバターの代わりになれば良い」


 二人の前にいつの間にか現れた天堂仁が、ユイに向けてそんなとんでもない事を言い出す。


「そうだね、私もあのアバターがユイだったらもっと凄いのにって思っちゃった。いっそのことあのアバターを乗っ取って、エチカとユイの同時パフォーマンスにしたら面白いのに」


 いつもなら反論するはずのナギが、珍しく天堂仁の突拍子もない提案に乗っかる。


「そいつは良いな、一つやってみてくれるか?」

「でも、今は無理っしょ」

「今晩、授賞式と後夜祭がある。そこでエチカがまたパフォーマンスを披露する」

「そこに殴り込みかけるってことね。ユイもオッケー?」

「う、うん……」


 ナギと天堂仁との間で、何やらあっと言う間にとんでもない方向に話が進んでしまって、ユイは口を挟む間も無く、後追いでうなずくしかなかった。



「教主様!」


 異様に震える『幕屋』を目の前にしたジイとカリンの前に、白袴姿の若い男が現れた。

 男は、自分を呼びかけるジイには目もくれず、震える『幕屋』に向けて歩き出す。


「常世神様がお目覚めになられようとしているのでございましょうか!」


 その若い男、真明智会の教主、田沼公聖こうせいは振り返ると、ジイの呼びかけには答えず、カリンの方を手招きする。

 カリンは、今にも泣き出しそうな顔のジイを後にして『幕屋』の方へと歩いていった。

 待ち構えていた田沼公聖に促されるまま、カリンは恐る恐る『幕屋』の中へ足を踏み入れる。

 『幕屋』の中央には、純白の布に覆われた、丁度大人一人が入れるような大きさの長方形の物体が置かれていた。

 『幕屋』を満たす異様な音は、その物体から発せられていたのだ。

 田沼公聖はカリンをその物体の前に招き寄せる。

 カリンが白布に覆われたその物体の前に立つと、音がわずかに変化して、人の声とも笛の音ともつかぬ不思議な音となってカリンの耳に届き始めた。


(なんだろう……誰かが私の身体の中へ呼びかけてきてるみたい……)


 だが、それは不快な感触ではない。どこか懐かしいような、全身を優しく包まれる感覚である。

 カリンは目をつぶり、その不思議な音の中に身を委ねた。

 やがて音は強弱をつけながら、次第に小さくなっていき、しばらくすると完全に無音になった。


「先ほど流れ出た音を身体に覚えておきなさい」


 そう言って、田沼公聖はカリンの肩に手を置いた。


 『幕屋』の中には、いつの間にか数人の白装束の集団が入ってきていた。

 顔に白い面布をかけたその集団は、純白の布に覆われたその物体を恐ろしく丁重に抱え上げると、外へと運び出した。

 『幕屋』の中から現れたその物体を見たジイは、跪き感激した面持ちで手を合わせる。


「これより御神体を『彼の地』へと遷座する。」


 教主、田沼公聖の宣言とともに、真明智会の御神体は、グラウンド・ゼロへと歩み始めた。

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